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$6.誰もがみにくいアヒルの子⑥
口を窄 めて小さな声でぼそぼそと何かを話している初人を腕を組んで眉間にシワを寄せで顔で見ている郁。
「何だ、はっきり言え!」
『……と、時計ー…無くした、、』
「あ?聞こえない」
『あぁぁもう!!だから!無くしたんだよっ!返したくても返せねえーの!!』
「無くしただと?嘘言え、往生際が悪いぞ」
『本当だっての!じゃなきゃ、いつまでもこんな家に居ないで盗んだ後すぐバックれてたよ!誰が好き好んでこんなとこっ』
逆切れしながら言い返す初人の言葉を郁も最初は疑ったが、考えてみれば盗みを犯した場所に何日も滞っている必要がない。だとしたら無くしたのは嘘ではないだろうが、紛失したならそれならまた別の問題が出てくる。
「無くすとは馬鹿にもほどがある」
『俺だってこんなはずじゃなかった。いっとくけど、今まで失敗したことなんてないし捕まったこともないんだからな!舐めんなっ』
「自慢げに話すことじゃないだろ。やっぱりお前馬鹿だろ。それで探したのかよ時計」
『あぁ。この数日探したけど見つからない、、時間もないのに』
"時間"聞いて働いた感は間違いではないと改めて事の経緯を把握して郁は冷笑した。
「やはりそうか。要するに盗んだ時計を売ってお金に変え、お前の親父の弁護士費用に当てるつもりだったんだな」
『そうだよ。ってか!親父の事まで調べるなんて卑怯だぞ!』
「卑怯もへったくれもないだろう。ったくどの口が言ってるんだ、まだ自分の立場がわかってないようだな」
もうこれ以上反抗しても状況は変わらないし、ここまで来たらどうしようもない。初めての失敗に争う気も失せた初人は部屋に転がった酒瓶を拾い上げた。
「あーーはいはい!こっちの負け。警察に突き出すなり何でもしろよ、どうせ時計があってもなくてもそうしただろ?」
『ほぅ、とうとう腹をくくったな』
「その変わり警察に突き出すならお父さんと同じ場所で頼むよ。それならまだここに来た甲斐があるし」
そう言って既に初人の小さな身体に入ったアルコールを更に増やす量を一気に瓶の底を上げてぐびぐひ飲んでいく。"最後の晩餐"は豪邸で飲む安いお酒だ。
「それは諦めろ。残念だが要望は却下だ」
『、、だろうと思ったよ。アンタにちょっとでも良心があるかもって思った俺がバカだった。そうだったよな、そういう人間じゃ無かったな』
半分に減った酒瓶を見ながら吐き捨てるように言った。父親を助けられなかった非力さが悔しくて初人はこの時人生最大の挫折味わった。
『あのさ連絡するなら風呂だけ入っていい?もうこんな豪邸の風呂も使うこともないー…』
「警察には連絡しない」
『ん?……はっ!?何で!?』
「代わりにお前には任務を与える」
『は?任務って何だよ?もしかしてここで一生コキ使おうとしてんじゃ、、?そんなん絶対嫌だからな!』
「ただお前にも悪い話じゃない。承諾すれば時計の件は無かった事にしてやる。それと今すぐお前の親父に優秀な弁護士をつけて身柄解放を約束してやる。起訴されるまで時間はもう少ないんだろ?」
法律まで熟知している郁は今の初人の考えている事、求めている事を全て手に取るように分かっていた。
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