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$7.騙しの条件⑥

 郁にとってはこれもいつもの光景。特に誰にも挨拶することもなくスタスタとビル内を進んでいくが、後ろに気配が無い事に気付いて振り返る。  「おい何してる?早く来い」  『はっ?俺も?』  「当たり前だ。モタモタするな」  『えー…何かすげー嫌な予感、、』  買い物がある事は状況的に理解出来るが連れて来られた理由は分からない。いつも隣にいるはずの田ノ上が付き添わないところを見ると、単なる荷物持ちと言うよりも"例のあの件"に関する何かか。  「私はこちらでお待ちしてますのでごゆっくり」  笑顔で初人でそう言ってまた運転席に戻った服部。せめて服部に側に付いて来て欲しいところだが、そうとはいかず渋々後を付いて行く。エレベーターに乗り込み上階まで上がり、止まって開いた目の前のお店は誰も客はおらず貸切のようだ。入店すると待ち構えた従業員の男が近寄って来る。  「神崎様、注文されていたスーツ3着出来上がっております」  そう言って出来上がったスーツ3着が郁の前に並べられる。そして軽く数秒間だけスーツ全体を見て頷いた。どうやらこの頷きが合格と合図のようだ。  「ではすぐに持ち帰りの準備を。それと本日は他にとお伺いしておりますが」    店員との話を聞いていると完全オーダースーツ専門店でかなりの常連客らしい。金に糸目を付けない金持ち御用達と看板が付いてるような店だ。  「女性物の服を探している」  「じょ、女性物で、、すか?確かに上の階に女性服のお店もありますがー…」  「行こうか」  「かしこ、、まりました。こちらへ」  案内する従業員に促されエレベーターに乗り込み数階上がると真っ白な壁に広い店内は有名ハイブランドのレディース服の店だ。 ヒールの音がカツカツッと響かせておでこを出し長い髪を1つにまとめたこの店の店長だと思わしき女性が出てくる。  「ご来店ありがとうございます」  郁達にここまで付き添った従業員が来た経緯を説明をすると女性店長は"任せて"と普段は接客することのない男性客でもプロの販売員の力量を試すように郁の前に出た。  「宜しければ私がご案内いたします。本日お探しのものは贈り物が何かで?」  「いやそういうわけではないが何着か購入したい」  「承知しました。ではどういったものを探しでしょう?サイズなどもお伺いできればー…」  「必要ない。着る本人は連れてきている」  「は、、い?」  "着る本人=女性"をその場の全員が目を動かし探した。初人も郁から少し距離をとった後ろで同じく女性の姿を探す。しかし"連れて来た"と言うワードで考えると該当する人間は一人だけいる。  「おい俺が選ぶのを着てみろ」  まさかと思ったが、間違いなく振り返り初人に目を合わせて言っている。言葉や表情には出さないが従業員全員がずっと後ろからヒョコヒョコついてくるチビは誰なんだ?と初見から思ってたに違いない。  もし新しい付き人だとしてもいつも一緒にお店に来る田ノ上とは違いする。友人?家族?そして男だと思っていたが実は女?その場にいた従業員全員が同じように頭を巡らせただろう。  『は!!?俺に言ってる?』  「そうだ、お前以外に誰がいる」

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