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$7.騙しの条件⑦

 もちろんこの店はレディース服専用で男性が着る服などは置いていない。確かに見た目は小柄で細身だが性別が女性と言うに無理がある。"俺"と言うのも間違いなくその場全員が耳にした。  『意味わかんね、何で着なきゃいけねぇの?』  「当日男の服では無理があるだろう。計画を台無しにするつもりか」  『……当日、、?あー…それか』  やっと意味を把握した初人は明らかに面倒な顔をした。男が女を演じるのにメイクや髪型、そして服装もなりきらなければならない。その為に必要な服を用立てに初人を連れてきた。 そんな事情など誰も知らない店員だがとにかく言われたままに変な詮索なとしない。  「では店内ご覧になってお申し付け下さい」    郁は店内を見回りながら、これ、それ、あれと言いながら次々と指を指していく。それを店員が手に取りある程度溜まると初人はフィッティングルームに連れて行かれる。着せ替え人形の様にお着替えタイムが始まる。 店員がサポートしようとするが恥ずかしいと拒否し一人で個室に入る。当たり前にレディース服なんて着る事の無い初人は掛けてある服を見つめて|怪訝(けげん)な顔をしている。  すぐそこには郁がいて着る以外に方法はない、意を決めて目の前のワンピースを手にして上から下まで見た。  『ん?これどうやって着るんだ?』  なんせ初経験の事でボタンが無ければ頭から被るしか知らない。膝下までの丈のフレアスカートの肩がふんわりしたパフスリーブワンピース。サイドにファスナーがあるのを気付かないでそのまま裾を捲って着てみる。  『んーっしょ、っっと!!はぁ、、着れた。足がスースーするな、、』  服から顔出して袖を通して適当に整えて目の前の鏡を見た。慣れない着心地に当たり前にしっくりはしない。なのにどうしてか、女装趣味はないし欲求なんてないが心なしか開いた足を閉じて少し髪を整えてしまうこの衝動は何だろう。  とにかく自分の満足度なんてものは1ミリも意味がなく、個室の扉を開ければ待っている"鬼"に判断を委ねるしかない。人生でこんな姿し大嫌いな奴に手の上で転がされるような状況に苦痛しかないが、これを乗り越えれば元の生活が待っている。とにかく今は我慢!と言い聞かせゆっくりカーテン開ける。  スマホを耳に当てて電話中の郁の背中が見えた。仕事の電話だろうか誰かに指示をしているような口振りで会話に夢中でこちらの初人に気づく気配はない。  『あのさ、着替えろって言うんだったらちゃんと見ろよなっ!』  郁の背中に向かって少し苛立ちを込めて言うと声に気づいてやっと振り返って。ベージュの清楚なワンピース姿でぎこちなく立っている姿が視界に入ると郁の口の動きが止まった。スマホからはまだ通話している相手の声が漏れて聞こえるが郁は視線を初人から離さない。"後でまた掛ける"と言ってすぐに電話を切った。 スマホ内ポケットに入れると何も言わずジワジワと距離を詰めて、じっと手を顎に添えて吟味するように上から下まで全身を見つめる郁。  『なぁ何か言ってくんない?』  「何かとは?」  『良いか悪いかだよ。聞きたくないけどあんたが納得しないと終われないんだろ。はい、見せたから次ね』  「待て、そのまま」  個室に戻ろうとする初人の手を掴んで強引に引っ張る。その力は強くてすぐ郁の身体に方にググっと引き寄せられて、着ているスカートがフワッと風が舞ったようにイタズラに揺れた。  『痛いって、、って何だよ』  「よく見せろ。でないと分からない」    『そんなに見ても不恰好(ぶかっこう)なのはあからさまなんだからもういいだろっ』  「いや悪くない。それどころか似合ってる」

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