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$7.騙しの条件⑨
しばらく高速道路を走った車は警察署に入り駐車場に車を停めた。実際は30分ほど走ったくらいだが、初人の体感は1時間それ以上だった。
久しぶりに父親に会える楽しみは勿論だが緊張感も混ざって何とも言えない気分だ。
今まで窃盗を繰り返す人生だった初人にとって警察署が最も避けたい場所であり嫌いな場所だ。
隣に座る郁はスマホで誰かと話しを始めると、警察署の玄関から出てくる黒のスーツ姿にビジネスバックを持った男を見て"待ってろ"と初人に言い車を降りた。
「郁さん、面会手続きは済ませてあります」
「ご苦労」
「あちらが被疑者の息子さんで?」
男は目線を車の方に向け車内の初人をじっと見る。郁の周囲には経営者や著名人、いわゆる裕福層しかいない。間違っても使用人など親しくなり助ける行為なんてこれまでの郁を知ってる者なら要り得ない事だ。
「何か気になるか?」
「いえ、郁さんからビジネス以外の依頼は初めてだったので。それに被疑者の経歴を見ても神崎家やホテルとも無関係のようですし」
「単なる人助けだ。俺がホテルの利益にならないことをするのはおかしいか?」
「そういう訳ではありませんが被疑者に尋ねられましてね。どういう経緯 で弁護してくれるのかと?息子に弁護士を雇うお金は無いはずと警戒されていましてね」
「ふっ。やはり親子だな、そっくりだ。ただ妙な詮索しないでしっかり仕事をしてくれ」
「承知しました」
外の二人の視線を気付いた初人も会話までは車内には聞こえないが、雰囲気で何となく自分の話題になっていると察しはついた。
フロントミラーで外の様子を不安そうに見ている初人を確認した服部が振り返って優しい顔を向けた。
「大丈夫ですよ、郁さんと話しているのは弁護士の浅井くんです。かなりのやり手で神崎家は彼にホテルビジネスの方で随分お世話になっているんですよ」
『あー…今回のお父さんの件もあの人が?』
「えぇ。最高の弁護士がついて良かったですね、もう安心でしょう。うまくいきますよ」
服部はまさに父親のような優しい口調で諭 した。その言葉に少し励まされ緊張感も解けてきた初人。
郁が車に合図を送ると"行きましょう。私はここで帰りをお待ちしています。"と服部が運転席のボタンで後部座席のドアを開けた。初人は車降りて2人の元へ歩いて行った。
「はじめまして。弁護士の浅井です」
『あ、どうも』
「お父様の忽那清一さんはこの中に留置されています。面会の手続きは終了し今から会いに行きます」
『それで父さんに会ったら何の話をすれば?』
「いつも通り親子の会話をすればいいだけですよ。今日はあくまで身内の面会ですから難しく考えないで下さい」
初人は郁の顔をチラッと見た。結局は嫌いなこの男を頼ってしまったが弁護士をつけて面会 までくる事が出来た。
感謝の言葉なんて死んでも口に出したくは無いけれど約束は守る男だと言う事は証明されたし根っから悪い奴ではないなんて思ったり。
「面会出来るのは2人だけだ。俺は車で待っている、さっさとしろよ」
そう言うと車の方へ歩いて行き一度だけ初人と目を合わせてスッと乗り込んだ。その目がいつもより優しく見えたのは気のせいだったか。
浅井は腕時計に目をやり時間を確認して"では中に"と初人を促す。頷いて歩を進めて二人は警察署の正面玄関をくぐった。
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