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$7.騙しの条件⑩
子供の頃から窃盗を繰り返しているが捕まらないのはある意味才能。そんな事を父親と笑いながら話して盗んだ食材で食卓は溢れているし、洋服やゲームも一般家庭並みに持っていた。
電車のタダ乗りテクニックを身に付ければ遠くに旅行だって行けた。
貧乏こそ知恵の巣窟だと気付き、金がある不自由ない暮らしで恵まれた奴らの方が何も考えず生きていて頭が悪い人種だ思っていた。
それがまさかこんな風に金持ちと言う嫌いな人種に用意してもらった弁護士と一緒に警察署を来て父親と面会する日がくるとは思わなかった。
警察官と浅井が話している間そんな昔の事を考えて自分が無価値に思えても虚しくなった。郁や目の前の浅井の様に立派な人間は生まれ育った環境が違うと分かっているけど、金持ちに救われたこの現実を受け入れるしかない。
浅井が警察官と話し終え電子機器など持ち込み厳禁な物を持っていないか身体検査され、それが終わると警察官が先頭を歩いて面会室まで案内され後ろをただ着いていく。
「面会時間は15分です。刑に関する難しい話は私が行いますので、ただお父さんに笑顔見せて安心させてあげてください。あなたの事を随分と心配していたもんですから」
『心配を……?』
「それと僕のことを聞かれたら友人の知り合いだとか適当に誤魔化して下さい。詳しい事情は知りませんし尋ねるつもりはないですが訳あって神崎家にいるんでしょう」
『さすが弁護士さん、察しがいいですね』
「余計な事は喋りません、話は合わせますから大丈夫です。僕は依頼の仕事をこなすだけですから」
そんな話をしながら歩く殺風景な通路が心なしか賑やかに見えた。頼れる弁護士の登場が気持ちを楽にし未来が見え始めたからだろうか。
面会室の前に着くと初人はひとつ呼吸を整えた。警察官がドアを開けて入る後に続いて浅井、そして初人が順に中に入った。室内はまさに刑事ドラマや映画なんかで見る光景があった。
真ん中に大きな分厚いガラスの仕切りで部屋が半分に分けられ、座って話す顔の高さに声を通す為の丸い穴がいくつか開いている。
こちら側と反対側に長い机の台がありそれぞれに椅子が置かれている。まだ向い側のその椅子には誰も座っていない。
「今から呼ぶので座ってお待ち下さい」
「分りました。よろしくお願いします」
二脚並ぶ椅子の一つに浅井が"どうぞ"手を出した。見た目は普通のパイプ椅子だが、やっと父親と顔を合わせられるこの場所の椅子はとても価値ある物に見えた。
そしてしばらく5分ほど経ったくらいでガラス越しの奥に見える無機質なドアが開いた。体格のいい警察官が入って来てドアを手を添えて開いたままにすると、その後ろから細身で不精髭の男が姿を表した。その見慣れた服装と歩き方は間違いなく父親の清一だった。
『お父さん!!!』
「初人!!!」
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