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$7.騙しの条件⑪

 清一はガラスギリギリまで駆け寄り初人も名前を呼ぶと同時に咄嗟に椅子から立ち上がった。 初人は清一の身体を上から下まで見ると元々痩せ型の清一がさらに痩せこけていて心配な顔を見せる。  『お父さん大丈夫!!?』  「すまねぇな、こんな事になっちまって。父親として恥ずかしくて合わせる顔もねえよな」  『事情は警察から聞いた。聞いた時はびっくりしたけど信じてるから!お父さんが訳なく人を殴ったりしないって』  念願の再会は硬いガラスに遮られていて肩に触れる事も出来ない。  "二人とも着席を"と注意され渋々椅子に座った。顔を見ればお互い話したい事は山ほどあるし高ぶる気持ちはなかなか落ち着かないが、第三者の目もあるし面会が叶っただけで事件根本が解決したわけではない。  「あー…初人。ところでこの弁護士さんはどうしたんだ?うちに弁護士を雇う金なんかないだろ。もしかして変なとこから金借りたりしてないよな!?」  『何言ってんの。そんな心配してる場合じゃないよ、それよりお父さんさんを早くここから出す事が先決なんだからさ』  何十万から場合によっては三桁は掛かるであろう弁護士費用をどうやって初人が払えるか心配になるのは当然だ。  元気か?食べてるか?仕事は順調か?と清一は続いて言葉を並べてその度に初人は"うん"とただ頭を動かしていた。  「それで弁護士さん、これからどうすれば?」  「この先ですが、まずは被害者の方と示談交渉を行おうと思っています」  「『示談??』」  「はい。今回のような強盗未遂と傷害いわゆる強盗致傷の場合、起訴されれば高い確率で有罪になります」  『起訴されないようにするしか無いって事ですか?』  「そうです。仮に示談が成立すれば不起訴となり無罪となり元の生活が戻れます」  『そうしよっ、お父さん!示談してー…どうしたの?』  僅かな希望に示談しかないと初人はその気でいるが、どうやら目の前の清一は二つ返事で受け入れてられない渋った顔で初人を見ている。  「けどよ、あれだぞ初人。示談っていうのはお金が要るんだぞ、示談金ちゅうやつは。だよな?弁護士さん」   「一般的にはそうなりますね」  「初人。そんな金どうやって用意するんだ?」  『……それは、、どうにかするよ!』  「心配には及びません。今回のご依頼ですが、初人さんではなく知人から連絡を受けて引き受けました。ですので、弁護士費用その他かかるもの全て初人さんからは頂きません」  初人は目を強く開いて浅井を見た。"そんな事言ったらバレてしまう!"と焦って目配せしてみせるが浅井はそんな視線を受け流すように話を進める。  「ですので費用の事は気になさらず」  「、、そうなのか?初人」  『えっ、ああうん!そうゆう事!助けてくれるって言う知り合いがいてね、その人が浅井さんにお願いしてくれたんだ』    有り難い話だがそんな気前のいい知り合いは誰かと気になって仕方がない。生まれた時から見ている息子の事だ、嘘をついていたら雰囲気で感じ取れる。初人の事だから何とか無理してお金を作ろうとするだろう。ただこの時はその知り合いと言う頼れる相手が本当にいるんだと思った。  「そうか。それならいいが」  『だから示談で何とか頑張ってさ』  「、、だな。弁護士さん、それで頼めるかな?」  「解りました。すぐに手続きに入ります」  そう上手くことが進むか分からないが久しぶりに顔を見たことや進展がある事は二人を気持ちを和げた。  "では時間です。面会終了です"と合図の声であっという間の15分が過ぎた。ゆっくり椅子から立って何か言いたげな清一の顔を初人はじっと見る。  「初人、最後に頼み事があるんだ?」  『頼み事?うん、何でも言ってよ!』  「テレビの台の下の引き出しに駅前商店街のくじ引き券があるんだ。行ってやってくれないか?」  『は??くじ引き?』  「そうだ、期限が来週までなんだよ。それまでここを出られるか分からないだろ。もったいないじゃないか。じゃあ頼んだぞ!」  清一はそう言い残して警察官に連れられ部屋を出ていった。去ったあと数秒の沈黙の中、初人と浅井は顔見合わせる。  『感動の最後の言葉がそれって、、』  「頼まれたからにはくじ引きに行かないとですね」  『浅井さんまで何言ってー…ってまあ、お父さんらしいって言うか何て言うか』  「きっと初人さんと話していると家にいるような生活の光景が過ったんでしょう。今まで数回の面会を行なった時はほとんど俯いて話さなかったので。ああゆう方だと今知りましたよ」  初人の知る清一は明るくお喋りであっけらかんとした人だ。最後はその父親像のままでやはりこんな会話が自分達親子の在るべき姿で身体に染み込んだ生活だ。  『浅井さん。ありがとうございます。出来る事は手伝うのでこれからよろしくお願いします』  「先程も申し上げた通り、私は依頼を受けてやっておりますので。まだ解決はしていませんが、お礼の気持ちなら郁さんにどうぞ」    会ってからずっと無表情だった浅井の顔が少し笑ってみえた。来た道を戻り"まだやる仕事がある"と初人に車に戻るように言い、玄関前で二人は別れて郁の待つ駐車場へ向かった。  

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