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$7.騙しの条件⑫
服部が車の外に出て出迎えて"いかがでした?"と初人の表情伺いながら言った。本当は父親に会えたことが嬉しくてその思いを伝えたいが、服部の後ろの窓越しに見える郁の姿が躊躇させた。
結局"まあ良かった"と一言言って車に乗り込んだ。
郁は長い脚を組み直して長い時間待ってたとばかりに気だるそうにしている。
『会ってきた、、お父さんに』
「それで?」
『元気そうだった』
「誰もお前の父親の心配などしていない。この先はどうするんだと言う意味だ、浅井と話しただろ」
『えっ、ああ、これから示談の手続き進めるって言ってたかな』
「となるとその示談さえ決まれば出られるか」
『だけどそんな上手くいくかな?』
「うまくいってもらわなければ困る。いつまでもこんなことに時間を取っていられない。さっさと解決してこっちに集中してもらわないとな」
『こんな事とは何だよっ!それに、こっちって何の事ー…」
ヒートアップして声が大きくなる初人にさっき購入した服の入ったショップ袋を顔の前に出して見せる。
少しは父親との再会を笑ましく優しい気持ちで思えばやはり自分の計画の事しか考えてない冷血野郎だ。怒りどころか呆れて何も言えずショップ袋を振り払って窓の方を見て目線を外す。
「この後はどちらへー…」
『家!!帰る!もうどこにも行かないからな』
そう声を張って服部に言うと窓を全開に開けて絶対に郁の方を見てやるもんか!と鼻息荒く頑なに外を見ている。ふっと鼻で笑う郁は"家だ"と服部に伝えると車は動きだした。背を向けた初人の背中をじっと見つめている郁は少し楽しげに見えた。
車は神崎家に戻り大きな門を潜ると初人は慌てて前の座席に身を隠すように体を縮めた。郁が使用人の誰かの親しく車から降りてくるなんて前例のないこと。万が一誰かに見られてまた良からぬ噂で目をつけられは困るからだ。
「何してる?」
『だって誰かに見られたら嫌だし!あ、もうここでいいから降ろしてっ。歩いて行くから』
車のドアノブをガチャガチャと今にも飛び降りそうな勢いで動かしながら家に近づくほど人の目を触れるのを回避する為に言った。
車は言葉通り停車しドアのロックが外され、身を屈めたまま周りに誰もいないことを確認して外へ出た。"じゃーな"と言う顔で歩き出そうとする初人に窓から郁の長い手が伸びた。
「おい。これを持っておけ」
『ん?スマホ?俺のじゃないけど』
「お前のだ。専用の連絡用だから他人に番号は教えるな。それと3コール以内に電話は出ろ、メールの返信もすぐにしろ』
『はっ!!?何だよそれ、いらねーよ』
「そうか。浅井との連絡もこれで出来るがいらないなら別に無理強いはしない」
『、、わ、分かったよ!』
勢いよく奪い取ったスマホはずしっと重い発売したばかりの最新機種。それを見るなり売ればウン十万円とかなりの金額になるな、と相変わらずそんな金目の事が頭に浮かぶ。
「今日は部屋休め、訓練はなしだ」
『マジで?ラッキー』
「明日からまた新しい訓練を始める。今日のうちに身体を休めておけ」
『新しい訓練って?、、待っ、教えろよ!』
窓がウィーンと閉まって初人の声は途切れ車は動き初人の横を過ぎていった。
『何だっつんだよ。鬼!!バーカバーカ!』
子供の喧嘩の様に大きな声で車に向かって連発する。手に中にあるスマホをじっと見てそっと開いてみるとアドレス帳には郁と浅井の名前が入っていた。もう少し、元の生活に戻れるまであと少しなんだ。
そう思うとスマホの重さも多少は不快ではなくなる。訓練とか何だか面倒だけど今までの苦労に比べれば大した事ない。初人はさっさとやる事やってすぐトンズラしてやるという気持ちで大股で歩き出した。
言わばこれからは"鬼退治"の日々が始まる。
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