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4 同棲

 それからとんとん拍子に話が進み、おれの進学先に程近い青山先生のアパートに居候させてもらうことになった。そして今日、この春の良き日に、待ちに待った引っ越しを行う。青のステーションワゴンに乗って、先生がうちまで迎えに来てくれた。父さんは心配そうにしていたが、母さんはどこか感慨深げな顔をして、温かく見送ってくれた。    高速道路を使い、一時間ちょっとで新居に到着する。アパートというか、そこそこ立派なマンションだ。実家の近所にはこういう集合住宅はなかったので、それだけで新鮮な気分になる。エレベーターも備えてあり、重いスーツケースを担いで階段を上るなんていう苦行はせずに済んだ。    先生の部屋は最上階の一個下。重厚な音を立てて鍵が開く。いよいよドアが開いて、おれは恐る恐る初めの一歩を踏み出す。   「お、お邪魔しまーす……」 「ようこそ、我が家へ」    見慣れない部屋。狭い玄関。狭い廊下。そして知らない家の匂い。あまりにも濃い先生の匂いが充満しており、くらっとしてよろけてしまったが、すかさず先生が支えてくれる。   「大丈夫か。疲れたのか?」 「ううん、大丈夫。それより部屋案内してよ」 「案内するほど広くもないが……」    所謂1LDKの部屋だ。広々としたリビングには炬燵とローソファが置いてあって、隣の寝室にはベッドが一つと、事前に郵送しておいたおれの荷物が積んである。   「一応こっちが君の部屋ということにしようと思うんだ。俺は来客用の布団を使うから、君はとりあえずそのベッドで――」 「えっ、一緒に寝ないの」    うっかり、思ったことをそのまま言ってしまった。先生は驚いたように目を見開いている。   「ごめんなさいっ、今のは忘れて――」 「いや、君がそう言うなら、新しく大きいベッドを買いに行こう。安物のベッドを何年も使っているし、買い替えてもいい頃だ」    新居に着いたのも束の間、また車に乗り込んで、近所の大型インテリアショップへ向かった。    家具屋なんて滅多に来ないが、たまに来ると結構楽しい。新品の木材の香りが良い。色々な家具がたくさんディスプレイしてあって、これから始まる新生活への期待も高まる。例えばこのダイニングテーブル。二人掛けで向かい合って座るタイプ。先生の部屋には無かったし実家でも使っていなかったので、何となく憧れがある。    あとはこの、すごく大きい食器棚。背が高くて幅も広くて、料理に使う家電も全て収納できるらしい。先生の部屋にも似たようなものがあったが、ここまで立派ではなかった。でもこんなに大きいのを部屋に入れるのは大変だし、あってもキッチンを圧迫しそうだ。ソファも、色々な種類のものがたくさん並んでいる。カラーもサイズも生地も色々。二人掛けや三人掛け、足を伸ばせるものや、L字型のものもある。ついつい座り心地を確かめたくなる。   「こら、あまりうろちょろするな。ソファなんて買わないぞ」 「分かってるけど、楽しいんだもん。先生も座ってみて」 「ふむ……確かにこれは、なかなかふかふかでいい感じだな」 「こっちのなんて、寝転びながら映画が見られるって」 「それならうちの長座椅子だって負けてないぞ。炬燵だってあるし、高さもちょうど……って、まずはベッドを見るのが先だ。つい君のペースに乗せられた」    ベッドも色々な種類のものがずらっと並んでいる。普通のシングルベッドに、ダブルベッド、もっと大きいものもある。   「おれ、寝ながら充電したいから、コンセント付いてるやつがいい」 「俺は目覚まし時計が置けるスペースが欲しいな」 「引き出しとかあると便利じゃない?」 「下に収納スペースがあるベッドフレームもあるのか」 「ねー、それよりサイズはどうする? 普通にダブルベッドでいいのかな」 「いや、それだとたぶん狭い。もう一回り大きくないと」 「じゃあ、これくらい?」    おれはクイーンサイズのベッドに寝転がった。マットレスの程よい弾力が気持ちいい。   「先生も寝てみて」    先生は少し困ったように口籠ったが、おれの隣に静かに仰向けになった。二人で寝てもかなり余裕がある。広い。試しに寝返りを打ってみても、ちっとも狭く感じない。   「先生もごろごろしてみてよ」 「あー……いや、これ以上大きいのはちょっとな」 「部屋に入らないの?」 「押し入れが開かなくなる」 「それは困るね」    キングサイズでも試し寝してみて、やっぱりクイーンよりも広くて豪華でとっても良かったが、部屋のサイズを考慮して、結局クイーンベッドを注文した。数日前まで高校生だったおれにとっては目ン玉が飛び出す金額だったが、先生はクレジットカードをぽんと出して支払いを済ませた。    注文したベッドは翌日に早速届いた。説明書を見ながら小一時間かけて二人で組み立てた。古い方は引き取ってもらった。さらに引っ越しの際に持ってきた荷物を整理して収納していたら、すっかり日が暮れていた。   「慣れないことをすると疲れるな。そろそろ飯にしよう」 「おれもお腹ぺこぺこ。先生、何か作るの?」 「いや、出前を取る」    大量のメニュー表を渡された。  先生は、料理はあまり得意じゃないらしい。昨日は昼も夜も外食だったし、今日の昼は冷凍のスパゲッティだった。洗い物もなくてめちゃくちゃ楽だったけど、こんな生活を続けて大丈夫だろうかという不安もある。とはいえ、先生の部屋で先生と二人で食事を取るのは特別感があって良い。これから毎日一緒にごはんを食べるのだと思うとわくわくする。    夕食後、順番に風呂に入った。実家の風呂よりは狭いが、思ったほどではない。足は伸ばせないけど、肩までお湯に浸かれる。シャンプーやボディソープは先生のものを使わせてもらった。自分の体から先生の匂いがして、妙な気分になった。    先生が風呂に入っている間に髪を乾かし、新しいベッドを独占していたら、先生が寝室に戻ってきた。無地のスウェットが若干ダサくて、でもそれが可愛くも見えて、なんだかとても不思議だ。   「早いね」 「君と違って髪が短いからな」 「おれも切っちゃおうかな。手入れが結構大変で」 「それは駄目だ」    先生がベッドに腰掛ける。マットレスが沈む。   「綺麗な髪なんだから」    おれの髪を一房手に取って、キスをする。   「大切にしなさい」 「……」 「……黙っていられると逆に恥ずかしいんだが」    おれは毛布を巻き込んでベッドの隅に丸くなった。そうせずにはいられなかった。これ以上先生に見つめられたらどうにかなっちゃいそう。   「こら、だんご虫みたいに丸くなるな。布団ももっとこっちに寄越しなさい」 「……むり」 「なぜ無理なんだ。そうやって丸まっているのも愛らしくて好みだが」 「~~っ! ……せ、先生のバカっ、女っ誑し!」 「心外だな。君以外眼中にないぞ」 「だからそういうとこっ!」    おればかりどきどきして恥ずかしくて悔しい。先生は恥ずかしくないのかな。やっぱり大人だから? きっと昔もこうやって、たくさんの女の人を口説いていたのだろう。今更おれみたいな子供相手にはどきどきしないのかも。   「電気消すぞ」    橙色の淡い照明に切り替わり、先生もおれの隣に横になる。毛布は手放したけど、おれはまだベッドの端に丸くなったまま。背中に先生の体温を感じる。   「さっきみたいなこと、嫌なのか?」    おれが黙り込んでいるのを気にしたのか、先生が言う。   「別に……嫌じゃない」 「そうか」 「でも急にされるとびっくりするし……それにおれ達、付き合ってまだ一か月でしょ」 「一か月も経っていれば十分だと思うが」 「でも……なんか……」 「それに、君の髪を褒めるのなんて今更だろう。出会った当初から美しいと思っていたし、実際そう言ったし、君も嬉しそうにしてたじゃないか。君の髪、美しくて好きなんだ。こうなったからには毎晩触って寝たいくらいだ」 「んも、ほんとうるさいっ、静かにしてて!」 「君は本当に愛らしいな」    何が楽しいのか愉快そうに笑う先生の手を、おれは渾身の力で握りしめた。途端に笑い声が止む。でもおれもそこから動けない。そのくせ、精一杯去勢を張る。   「ど、どーだっ! 先生だって、急にされたらびっくりするでしょ」 「うむ……びっくりというか、少し痛い」 「えっ、うそ、ごめん」 「いや、いいんだ。それより……」    力を緩めた隙に、先生の指がおれの指にするりと絡みつく。先生の皮膚の感触、指の太さ、硬さがはっきりと分かる。   「どうせ手を繋ぐなら、こっちの方が嬉しい」    甘い声で囁かれる。背中がぞくぞくして変だ。でも先生はおれと違って動揺していないみたい。   「今夜はこのまま寝ようか」 「……うん……」 「おやすみ、暁」    あ、また。背中がむず痒いような、ぞくぞくするような感じがする。名前を呼ばれるのが初めてだからかも。でももう一言だって声を発することはできなくて、おれは物凄い量の手汗を掻きながらどうにか眠った。    翌朝、アラームが鳴る前に自然と目が覚めた。繋いでいた手は一晩中そのままで、手汗でびっしょり湿っていた。おれが起き上がると、先生も目を覚まして欠伸をする。寝起きの虎が伸びをしているみたいで可愛い。   「随分早起きだな」 「なんか起きちゃった」    カーテンの隙間から朝日が差し込んで明るい。   「まだ、もう少し寝てても」 「だめだよ。おれ今日入学式だもん。先生だって、今日からまたお仕事でしょ」    引き止めようとする先生の手から抜け出してベッドを下りた。  おれは真新しいスーツに袖を通し、慣れないネクタイを結ぶ。もちろん先生も、普段より上質なスーツに身を包み、慣れた手付きでネクタイを締める。名実共に、今日から新生活が始まるのだ。

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