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第11章
季節は一巡し、再び雪の季節となった。
フラヴィオは19になり、身体や顔つきから少年らしいしなやかさが薄らぎつつあった。
少年趣味の子爵はそれが失われる前にフラヴィオを味わっておこうと頻繁に呼びつけ身体を繋げようとした。そのたびにフラヴィオは手練手管を駆使してなんとか操は守ってきた。
しかしそれも限界を迎えようとしており、近頃の子爵からは高圧的かつ凶暴性を孕んだ言動が見え隠れする。
フラヴィオの傲慢で我儘な気性は同僚や他の使用人を遠ざけた。アレクも従卒として騎士団に行ってしまった。すなわちフラヴィオに味方はいない。
押し倒されてもただでは済まさないと反骨精神だけは隠し持っていたが、たまに心細さが顔を出す。そんな時は決まって、セシリオの顔を思い出していた。
そんな中、デッケン子爵に呼ばれた。昼間に呼び出されたのは初めて来た時以来だ。
フラヴィオはペイジとして奉公しより洗練された挨拶をしてみせた。
子爵は眉間に皺を寄せ、苦々しい表情で言い放つ。
「従卒として騎士団に行くように。スクルトーレ伯爵からの推薦だ。しっかり務めなさい」
フラヴィオは目を白黒させた。スクルトーレ伯爵家は広大な領地を持ち、その肥沃な大地からなる畜産や農業、紡績で富を産んでいる。また騎士道精神を重んじ、優秀な騎士をも輩出する名家である。
だがフラヴィオはおろかバルダッサーレ家ともまったく接点がない。
なぜ推薦されたのか、どうやってフラヴィオの存在を知ったのかさっぱりわからない。
とは言え、これ以上子爵に関わらなくてよくなるのは僥倖であった。セシリオと会える機会は遠ざかるばかりだが。
フラヴィオが直立したまま逡巡を巡らせていると、子爵が細い腰を引き寄せた。
「最後に、君との思い出が欲しいのだが」
股座に硬いものが当たりフラヴィオは表情を険しくする。いけません、と後ずさるが子爵から体重をかけられ細い脚で支えきれなくなる。バランスを崩し床に尻餅をついた。
すぐさま起きあがろうとするものしかかられ、思わず押し戻した手は子爵に捕まれる。振り解こうとするも離す気配はなく床に縫い止められた。
これまでかと諦めがよぎる。
「ーーーー旦那様」
少年の声とノックの音が緊張の糸を切った。
「スクルトーレ様がお見えです」
子爵はギョッとし飛び起きる。フラヴィオがやや遅れて身を起こすが、ペイジとともに現れた人物を見て再び尻餅をついた。
「失礼します、フラヴィオ・アンジェリス・バルダッサーレ殿を迎えにあがりました」
聞き覚えのある、からりとしたバリトンだった。
その人物は黒い杖をコツコツとつきながら歩いてくる。それがフラヴィオのブーツの爪先に当たると「失礼」と言いつつその場で跪く。
「フラヴィオ様」
大きく節張った手が差し出された。
フラヴィオの勿忘草色の目が潤んでいく。その双眸は、金と緑のオッドアイは、変わらず優しくフラヴィオを見つめていた。差し出された手を取るまでもなかった。
フラヴィオは真っ直ぐに、セシリオの胸に飛び込んだ。
固く抱き合う二人を、ペイジはおろおろと、子爵は苦々しげに見ていた。
セシリオはフラヴィオを軽々と抱き上げ「では失礼します」と踵を返す。
そしてふと足を止め
「少年たちには適切なご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます。こちらは すべて把握して おります故」
子爵は眉を吊り上げる。そして嘲笑を孕んだ言葉を投げつけた。
「今の貴方に何の権限があると?」
「私はもう隠居した身ですが、いまだに慕ってくれる者が多くいます。困ったことがあれば声を掛けて欲しいと。
正式に騎士団が動けば納得していただけるのですか?」
セシリオの目と口調が矢尻のように鋭くなる。それらは子爵に突き刺さり反論を封じ込めた。
フラヴィオは目を丸くしてセシリオを見上げている。フラヴィオの動く気配と戸惑いを察知したセシリオは、ただ微笑みを向けて屋敷を後にした。
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