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第12章

セシリオ・スクルトーレは幼い頃から大人しい性質であった。 三人兄弟の次男で堅実な兄とやんちゃな弟に挟まれて育ち、勉学や楽器の演奏によく励んだ。出来は良かったが、馬術や剣術は苦手としていた。 義の為であっても人に武器を向けられず、しかしスクルトーレ家の男児は騎士団に入るのが習わしで、厳しい鍛錬を泣きながらこなした。 その甲斐あって、年を重ねるごとに身体は筋肉に覆われ見るからに屈強になっていったが、大人しい性質は変わらず、剣技で相手を負かすことよりナイフで木彫りの動物や植物を静かに作ることを好んだ。 騎士団に入ってからも恵まれた体格と幼い頃から磨かれた剣技でめきめきと頭角を表していった。家柄も情に厚い人柄も申し分なく、二十代半ばで一個団の団長を任されることになる。  それでもセシリオの芯は変わらなかった。時間ができれば木や石を削って型を作ることを楽しみ、滅多に酒場や歓楽街に行かず休暇は独りで過ごしていた。変わり者だと囁かれたり面と向かって言われたりもしたが、戦闘時には獅子奮迅の活躍を見せ団員をよく気遣うセシリオは多くの者に慕われていた。 ある時極秘の任務を課せられた。 姫君が隣国に遊学しに行ったものの、内戦が始まり帰れなくなってしまったのである。その姫君を護衛しながら連れ帰ることが、セシリオの隊の使命であった。 昼も夜もなく歩き続け、隣国で姫と合流してから極力戦闘を避ける経路で帰路に着く。 だが思わぬところで災難が潜んでいた。森の中に罠が仕掛けられていたのだ。運悪く罠にかかってしまった姫の代わりに、庇ったセシリオが木々から降り注ぐ毒の雨を浴びた。 命は取り留めたが視力が失われ、セシリオは騎士団から去ることを余儀なくされた。 伯爵家からも自ら去り、別の姓グリエルモを名乗るようになった。 ーーーー「結果的には良かったと思っています。私はやはり静かに暮らす方が性に合っていますから。降嫁した姫君にも助けていただいておりますし」 「それはもしや」 半信半疑で見合い相手の家の名を出せば、セシリオは目を見開いた。なぜその名を知っているのか聞かれたが、フラヴィオは沈黙しセシリオに嗜められる。 見合いしたこともセシリオを侮辱するようなことを言ってしまったことも打ち明けがたい。 「言いたくない」 「なぜですか。もしや、誰かに酷い目に遭わされ」 「それは違う。本人がそれらしいことをちらりと言っていたんだ」 今度はセシリオが沈黙し考え込む。そしてくれぐれも他言しないようにと言い渡された。 フラヴィオから溜息が漏れる。セシリオが何者なのか考えたこともなかった。馬車の中で子爵とのやりとりのことを問いただせば、衝撃の半生が語られた。 だが、字を書けるほどの教養を持っていること、酔っ払い相手とはいえ男を一人のしてしまったこと、暴行を受けても平気で立ち上がる頑強さ、盲人にしては逞しい身体つきを思い返せば信憑性が高まった。 何より目の前にいるスーツを着たセシリオは、迫力と言えるほどの気品を纏っていた。深緑のコートとチェストコートにはたっぷりと金色の刺繍が入っており、彼の両の目の色彩で構成されている。そこにレースの袖飾りが華を添え、タイツとブーツが引き締まった印象を与えた。 前髪は下ろしたままだが大部分は頸のあたりで括られている。 金と緑色と目が合って、自分がセシリオに見惚れていたことに気づいた。 「どうされましたか?そんなに見つめて」 肌に感じるほど視線を送っていたのかと、フラヴィオの頬は紅潮する。 セシリオの指がフラヴィオの頬に伸びる。白くきめの細かい肌に無骨な指先が届こうとしたまさにその時、車体が大きく揺れた。 馬車が止まったのだ。 セシリオは黒い杖を手に取り馬車を降りる。そしてフラヴィオに手を差し出した。フラヴィオは必要ないと突っぱねステップに脚を下ろす。 2人がたどり着いた先は、セシリオの自宅兼アトリエであった。 セシリオは珍しく少しはにかんで、少年のように声を弾ませて 「作品が完成しましたよ」 とフラヴィオに告げた。 ーーーーーーーーー 「完成してすぐお屋敷にうかがったのですが、デッケン子爵家に奉公に出されたと聞き耳を疑いました。 よもや兄伯爵に頼ることになるとは思いませんでしたよ。快く推薦状を用意してくれたのはありがたかったですが」 セシリオはいつになく饒舌で、家に入るとまるで見えているかのような足取りで窓を開けて回った。 フラヴィオは玄関の前でポツンと立っていた。眉を寄せ、不満げにセシリオを見つめているが盲目のセシリオには分からない。 部屋中の窓が開くと、光がたちまち溢れかえった。そして、白い布を被った大きな塊が部屋の奥の方に鎮座しているのを見つける。日の光が布を薄く透かして、家具とは違う複雑な曲線を描く影を浮かび上がらせる。 ついに、セシリオの手が布にかかった。 「お前は、僕よりそんな石の塊が大事なのか」 フラヴィオの声の響きは硬かった。セシリオは振り返る。 「作品を作るために、僕を弄んだのか?」 「フラヴィオ様それは」 「何故、会いにくるなと言ったんだ」 作品が完成したと嬉しそうに報告するセシリオに、顔も合わせずもう会わないと告げられた時の戸惑いと憤りが蘇った。 ずっと会いたいと思っていたのに、家を追い出され苦労している間、自分のことを忘れセシリオが作品を作ることだけに没頭していたのかと思うと沸々と苛立ちが湧いてきた。 セシリオはフラヴィオに歩み寄る。セシリオが近づくにつれ頭の中が罵詈雑言でいっぱいになり、自制心を押し退け舌の上に押し出される。いけないと思いつつ傷つけるためだけの言葉を乗せ口が開いた。 それが飛び出す前に、セシリオの唇がフラヴィオの口を塞ぐ。 「これが答えです。フラヴィオ様」 フラヴィオはセシリオに抱擁され、身動きさえとれなくなる。 「貴方に会えば、触れられずにいられなくなってしまうから」 フラヴィオは仰け反るほど強く抱きしめられ、会いたかった、と甘いバリトンが鼓膜を打った。セシリオの胸の中では心臓が強く脈打ち、その情熱を裏付ける。 セシリオも同じ気持ちだったのだと、やっと安堵した。憤りも不安もたちまち消え失せて、セシリオへの愛慕だけが残る。 「貴方の為だけに作りました。見ていただけますか」 フラヴィオが頷くと、セシリオは嬉しそうに布に手をかけた。 さらりと落ちた布の下から現れたものに、フラヴィオは息を呑む。 それはまさしく美の結晶だった。 ソファにしなだれかかるように腰掛ける美少年の彫像は真っ白で、神秘的な青白い陰影を落としている。背中まである豊かな髪や、腰回りで折り重なる薄衣の質感は驚くほど精巧である。触れれば髪の毛の筋が乱れ、布の折り目が崩れてしまうような危うさがあった。 顔の作りはフラヴィオそのものだが、少し伏せた目と僅かに微笑む唇は、淫魔の誘いにも女神の微笑にも見えた。 「これが僕?」 フラヴィオはセシリオを見上げる。セシリオは笑顔で頷いた。それとは反対に、フラヴィオはうつむき表情を曇らせる。 「じゃあ失敗作だ。僕は、こんなに美しくないよ」 眩いばかりの美を放つ彫刻に、自分の醜い嫉妬や独占欲や欲望を照らし出されている気がした。 かなり奔放な生活をしてきたことを自覚しているし、何よりーーーー 「僕は、お前以外の男とーーーー」 フラヴィオは自身を抱きすくめるように両の腕を掴む。セシリオはフラヴィオの肩を抱き寄せた。 「子爵がどのような人間かは存じております。貴方は悪くない」 もしフラヴィオが子爵に抱かれていたとしても、セシリオは自分を手放す気はなかったというのか。フラヴィオの心を喜びが照らすが、本当だろうかと仄暗く翳る。フラヴィオは試すようについ反発してしまう。 「違う。僕から誘ったんだ。抱かれるのはまっぴらだったから口や手で奉仕してやった。僕はこんな内から輝くような清浄な美は持っていない。 より穢れてしまった。だから、似てなんかないよ」 フラヴィオは一息に吐き出した後、セシリオが肩に置いた手をそっと外した。いよいよ軽蔑されただろうかと、ちらりとセシリオの顔を見上げれば真剣な顔つきで見つめられどきりとする。 「フラヴィオ様、この彫刻は、あなたのすべてを写したものです。顔形だけでなく内なる心も。 それでも似ていないとおっしゃるなら、 ーーーー確かめさせていただいてもよろしいですか?」 大きな手がフラヴィオの頬を包んだ。輪郭をなぞり、唇や鼻、目の周りの窪みを親指で擦る。 初めて出会い触れた時のように。セシリオが何を望んでいるのか悟り、フラヴィオは首元のタイに手をかけ解いた。

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