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彼の行方 1
「桃色の髪の綺麗な顔した青年を知りませんか?」
仕事はありませんか?と聞いて回っていた昨日から一転、今日はこう聞いて回ることにした。一晩考えて出した結論だ。僕一人でまともな職に就くことは不可能。つまりここで生きる事は不可能なのだ。だったら、誰かに頼るしかない。頼るなら、彼しかいない。単純にそんな理由で。
「桃色の髪の綺麗な男ね。たまーに店に来るよ」
「え、本当ですか!」
一人目の食堂のおじさんが、まさかの当たりだった。
「ああ、夜にな」
「どこに住んでるかとか、どこで働いてるかとか、何かご存知ないですか?」
「知らないねえ。そう頻繁には来ないし」
「そうですか……。誰か、彼と親しそうな人に心当たりがあったりは?」
「さあ。いつも一人で来るからねえ。一人で来て、女引っ掛けて帰りやがる。それも必ず上層のいい女をな」
「上層……?」
「ああ。上の街には上品な店しかないからね。夜になったら火遊びしたい男や女が下りて来るのさ。風俗店に直行する奴らが大半だけど、中には素人狙いの奴もいてな。そういう奴らは飲み屋に来る。大方あの男も貴族崩れの女に買われてるんだろ。顔がよくて羨ましい限りだよ。いい女抱けて、その上小遣いまで貰えるんだから」
店のおじさんの話に頭がクラクラした。彼も、自分の身体を獲物にしていたのか……。けれど、彼ほど美しければそれはこの世界では当然なのかもしれない。それに、彼は男に買われているのではなく女の人に……。それは果たして買われていると言えるのだろうか。だって、それって凄く、羨ましい…………。
彼は有名人だった。どこで聞いても、大半の人が知ってると答えてくれる。けれど、それは多くの場合見たことある程度で、彼のパーソナルな情報を持っている人は全然いない。けど、それに関しては疑問を抱かない。逆に彼のプライベートを知るレベルの相互的繋がりを持つ知り合いがこんな風に山ほどいる方が異常だからだ。彼の預かり知らぬ所で人びとから認識され、記憶に残されているのは、一重に彼が魅力的で目立つ存在だからだろう。
食堂から始めた彼探しは、実りそうで実らず、初めに思ったより大分難航していた。話しやすそうな人には片っ端から話しかけたけれど、そういう人はここにはそう多くない。明らかに怖そうな人とか、虚ろな顔してる人とか、力なく地べたに座り込んでる人とか、足取りが怪しい人とか、そんな人が半分以上を占めているからだ。恐らくはメインストリートと思われる所での聞き込みを大方終えた後は、人がいるか定かではなかったけれど、潮の匂いのする方に向かうことにした。危ない目にばかり遭った路地裏に入って行く勇気はなかったから。
どうやら、海はスラムよりももっと低い所にあるらしかった。どおりで潮の匂いだけはしても海が見えなかった訳だ。海へと続く坂道の頂点に立って、漸く青い海がお目見えした時は軽く感動を覚えた。この街はお世辞にも綺麗とは言えないけれど、海は僕が知っているのと同じで綺麗だった。白波が沈みかけの太陽のオレンジ色を反射してキラキラ輝いている。昔は栄えていたのだろうか、広い坂道の両側に古びた建物が並んでいる。古さはスラムにあるそれと大差ないけれど、寂れ方は段違いだった。明らかに、人が住んでいない。所謂崩れかけの廃墟だ。どうしてだろう。こんなにいい景色なのに。僕なら絶対、スラムの街中よりもここに住みたいと思うのに。
すれ違う人に、まともそうな人は少なかった。人も住んでいなければ店もないし仕事もない。まともな人間は、そういう所にはいないものだ。けれど開けているせいか、路地裏程の怖さは感じない。怪しげな薬のやり取りをしている二人組の隣を通りすぎながらそう思うのは、もしかしたら僕がスラムの日常に少し耐性がついたおかげなのかもしれないけれど。
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