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契約 2

「いい加減ついてくるのやめろ」  このままほだされてくれたらなって打算で少しの間黙ってリュカの後をついて歩いていたけど、そこまで甘くなかった。 「僕にはリュカしかいないんだ」 「知らねーよ」 「3日連続野宿は辛い」 「だから知らねーって」 「ここでの生き方を教えて貰えれば、ちゃんと自立するから」 「しつけえな。いい加減にしろよ。なんの義理があって俺がお前にそこまでしてやんなきゃなんねーの」  ちょうど長い坂道を登り終えた所だった。ずっと同じペースで歩き続けていたリュカが初めて立ち止まって、僕に向き直った。ウンザリ。そう顔に書いてある。 「しつこくされるの、嫌い?」 「ああ大嫌いだね」 「僕の事も、嫌い?」 「嫌いだ」 「即答かあ……」  嫌われたっていい。そんな風に彼女には強がってしまったけれど、実際に面と向かって言われるとやっぱり傷付く。けど、めげない。 「けどリュカは僕の事何も知らないでしょ?」 「いいとこのぼんぼんで抜けてて意地っ張りで図々しくてクソしつこい」 「うっ……。けどそれは僕のほんの一部だよ」 「そんだけ分かってりゃあ充分だな」 「そんな事ない!ほんの一部分だけで僕の事嫌わないで。僕にだってまだ君に見せてないいい所があるんだから」 「へえ。どんな?」 「ど、どんなかは、口では言えないけど……」 「ふーん」 「だからっ!だからね、もっと僕の事知ってよ!良いところも、悪いところももっとたくさん知って、それでも僕を嫌いだってリュカが言うなら……、その時は、ちゃんと……ちゃんと諦めるから…………」  腕を組んで顎を上げたリュカが僕を見定めている。これでも拒絶されたら、後は何て言えばいいだろう……。 「お前、変な奴だな」  恐る恐る頭を上げる。目が合うと、相変わらず腕を組んだままのリュカが小首を傾げてふっと笑った。場違いにもその仕草を可愛いと思ってしまった僕は、もっと変だと思われる様な事を口走らない様にリュカから視線を逸らした。 「俺に嫌われない自信あんの?」  また見定められてる様な間があった後、そう聞かれた。僕は自信を持ってある、と答えた。 「何で?」 「だって僕、嫌われた事がないから」  答えると、リュカのキリリとした眉が驚いた様にまるくなって目もまるく開かれた。 「ふは、あはは……!」  けど、次の瞬間にはリュカは可笑しそうに笑ってた。 「そんなにおかしいかな?」 「ぶはは……まじで、変な奴……」  そんなにおかしいかな。リュカに聞いた事を心の中でもう一度呟いた。僕が人から嫌われなかったのは、僕が忖度されてたからだって事は知ってるけど、それでもそうやって甘やかされて得られた人間関係における絶対的自信までは揺らがない。自分が拒絶され続ける姿はあまりリアルに想像できないのだ。  リュカは一頻りお腹を抱えて笑った後、涙を拭きながらいいぜ、と言った。 「お前の事、教えてくれよ。ただし……」  いきなり、リュカの手が僕の胸ぐらを掴んで引き寄せた。細身の見た目からは想像がつかないくらい強い力だった。文字通りの目と鼻の先で、薄桃色の瞳が僕の目を覗き込んでいる。 「もし期待外れだったら、お前の宝貰い受けるぞ」  今更ながら気付いた。リュカの手の中に、服の中に隠し付けている僕の宝物が握られていること……。僕は目を閉じた。自信は揺らがない。大丈夫。リュカは僕を認めてくれる。 「それでいいよ」 「契約成立だな」  掴まれた時と同様にいきなりぱっと手が離されて身体がよろめいた。僕が体勢を整えている間にリュカはスタスタと歩き始めていたものだから、慌てて後を追った。もう帰れともついてくるなとも言われなくなったけど、スラムの通りを人混みを縫うようにすいすい歩くリュカは、さっきみたいに会話に応じてくれなくなってしまった。その理由が前は分からなかったけれど、今ならなんとなく分かる。リュカはただ足早に歩いている様でいて常に周囲に気を配り警戒しながら進路を決めているのだ。スリに遭わぬ様に。危ない者に因縁をつけられたり、要らぬ争いに巻き込まれない様に。

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