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リュカの家 1
「フードはいつも被ってる訳じゃないんだね」
人通りの多い通りを抜けたから、話し掛けてみた。リュカの警戒心は大分解れていたと思う。それを証拠に、ちっとも向けてくれなかった視線がちらりと僕を見た。
「……別に必要ないからな。仕事にもありつけなくなるし」
「え、じゃあ僕も外した方がいいのかな……」
まだ少しトラウマだけど、仕事が見つからないのは困る。どうしようか悩んでいると、リュカがからりとした口調で言った。
「お前は隠しとけ。その金髪、綺麗だから」
あんまりサラッと言われたものだから、意味を理解するのに少し時間を要した。
「あ、あ、ありがとう!」
思考と行動が一時停止していたのだろう。遅れをとった背中に駆け足で近づきながら言うと、リュカは怪訝な顔して振り返った。
「褒めてくれたでしょう?」
「は?別に褒めちゃいないが」
「そうなの?けど僕は嬉しかったよ、リュカに綺麗って言って貰えて」
「……変な奴」
調子狂うぜ。リュカは呟くようにそう続けて、首の後ろを掻いた。
リュカの足は、スラムの街の中心部から少し外れの小高い丘へと向かった。そこは小さな集落になっていて、古ぼけたいくつかの家の窓から小さな明かりが漏れていた。先程までの喧騒はどこへやら。ここがあの危ないスラムの目と鼻の先であることを忘れそうになるくらい平和な場所に思えた。
丘の中腹、ちょうど集落の中ほどにある一軒のぼろ家の前で足を止めたリュカは、そのドアの鍵を開けると扉を押した。
「入らないのか?」
立ち竦む僕に、リュカは首を傾げた。
「入って、いいの?」
僕は緊張していた。誰かの家へ招かれるのは初めての経験だったから。何の手土産もなくお邪魔してしまって本当にいいのだろうかと、今更ながら考えてしまう。
「3日連続野宿は嫌なんじゃなかったっけ?」
はい、そうです。そう言いました。あれは、「リュカの家に泊めてよ」っていう図々しいアピールだったのも知っての通りです。今更取り繕う事の無意味さを実感した僕は、切り替えた。
「入るっ!」
ささっと背後に引っ付いた僕を見てリュカが変な奴、とクスクス笑う。
「図々しいんだか何なんだか」
「お邪魔します」
木戸を押して入った家の中は真っ暗だったけど、リュカがすぐに玄関に置かれていたランプに火を着けてくれた。ぼんやり明るくなった室内を進み、家主のリュカが慣れた手付きで家中のランプに火をつけて回る。
室内は狭いけれど整理整頓が行き届いていた。……と言うより、散らかるほど物がないのかもしれない。玄関を入って向かって右側に炊事場とテーブルがあって、左側が生活スペースだ。炊事場の奥にはひとつ扉があるけれど、寝室はないらしい。というのも、左側の生活スペースにベッドが2台置かれているからだ。あとは生活スペースにクローゼットがひとつあるのと、キッチンスペースの作り付けの棚に食器と野菜がいくつか転がっているのと、保存用のベーコンの様な肉が吊るされているくらいのものだ。装飾品の類いは全くない……と思ったがひとつだけあった。玄関を入ってすぐ正面の壁に、野草で作った花冠のドライフラワーが架けられていた。小麦色のそれは決して目立つ飾りではないものの、生活に必要な最低限のものしかない殺風景なリュカの家においては、その存在は少し異質にも思えた。
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