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リュカの家 2

「適当に座ってろ」  言われてキッチンのテーブルの所にある椅子に腰掛けた。同じデザインの椅子がもう2脚テーブルを囲んでいる。  僕がぼんやりしている間、リュカはテキパキよく動いた。まず暖炉の薪に火を着けて、それを終えるとキッチンに向かい、水瓶の水を鍋に入れた。竈に火を着けて鍋を置くと、ナイフで皮を剥いた野菜を、器用に鍋の上で食べやすい大きさに切りながらぼとぼとと落としていく。もしかしなくても、料理を作っている。 「何か手伝える事はある?」 「べつに」  そうは言われたものの何もしないでいるのも座りが悪いし、何よりともかく鍋の中が気になってリュカの隣に立った。その手元を覗き込むと、人参やじゃがいもやキャベツが入った鍋がぐつくつと煮立っていて、湯気があったかくていいにおい。途端、お腹がぎゅるぎゅる派手に鳴った。リュカの視線を感じる。恥ずかしい……。 「今日はまだ、何も食べてなかったから……」  言い訳するみたいに言うと、リュカがからから笑いながらもうすぐ出来るぜ、と言った。 「凄く美味しそう。何を作ってるの?」 「何って訳じゃない。ただ、家にある食材煮込んでるだけ」  ベーコンを削ぐように薄くスライスして数切れ入れると、陶器の器に入っていた白い粒──塩だろう、をスプーン一杯分入れた。 「あっちから皿、とってきてくれよ」  レードルで鍋をかき混ぜていたリュカから初めて頼まれ事をして、僕は勇んで棚へ向かった。木製の小振りなボウルが3つ揃っていたので、その内2つ、なるべく欠けの少ないのを選んで、スプーンと一緒にリュカの元へ持って行く。それに、リュカが出来上がったスープを並々とついでくれた。期待に涎が溢れそうになる。 「いただきます」  リュカと向かい合って座って手を合わせたら、直ぐさまスプーンを手にして琥珀色のスープを口に運んだ。 「おいひい……」  温かい食事はここにきて初めてだった。 「こんな美味しいスープ、生まれて初めて食べたよ」 「大袈裟だな」  リュカはそう言うけど、大袈裟なんかじゃなく、本当に美味しかった。今までに食べたどんな高級な料理より何より、涙が出そうなくらいに。 「ほんとにっ、本当に、美味しいんだよっ」 「わかったわかった。好きなだけ食え」  涙が出そうなくらい、ではなく実際に出てきてしまって、けど食べる手は止められないからずびずび泣きながらスープを飲み続けるっていう意味不明な状態になっているけど、リュカはそんな僕を笑わずからかわず相手してくれた。それどころかその言葉の通り鍋が空っぽになるまでおかわりさせてくれた。 「君のおかげで生き返ったよ。ありがとう」 「そりゃよかった」  手早く濯いだ食器を布巾で拭きながら、リュカが他人事みたいな返事をする。僕としては命の恩人レベルで感謝を表明しているのだけど、その重い気持ちをリュカはさらりと受け流してしまう。せめて食後の後片付けぐらい手伝わせて欲しかったけど、リュカは僕が夢中でスープを飲んでる内に空になった鍋と自分の使ったボウルやらを洗い終えていて、僕の使った食器も、僕が少し(本当にほんの少しだったんだ)満腹感でぼーっとしている内に片付けられていた。つまり、僕は今のところ全くの役立たずだ。リュカに世話して貰ってばっかりだし、感謝し通しだ。 「しあわせ……」  そしてまた、温かい湯に全身を包まれながら僕はリュカに心の底から感謝している。食後の片付けを終えたリュカが風呂を沸かしてくれたのだ。どうせ今日入るつもりだったから、と外にある炉で薪を火にくべて湯を沸かしてくれた。温かい食事にお風呂。本当に生き返る様だった。  風呂から上がると、身体を拭くタオルと着替え、それに靴まで用意してくれていた。 「何から何までありがとう。凄くいいお湯だったよ」 「そーか」 「うん。ね、リュカも冷めない内に入っておいでよ」 「ああ、そうする」  遠慮する僕に一番風呂を譲ってくれたリュカがベッドから起き上がりキッチンの奥のドアをくぐるのを見送った。相変わらず恩着せがましさがないというか、当然の様に親切を与えてくれるリュカには出会ってから今まで感心させられっぱなしだ。この恩はいつか何倍にもして返そう。そう、心に決めた。  腰まである長い髪を拭きながら、リュカが使っていなかった方のベッドに腰掛けた。使っていいとも言われてないけど、持ち前の図々しさに胡座をかき、リュカの優しさに甘えて寝っ転がると、今日何度目だろうか、また僕は息を吹き返した。何せここ2日は座ったまま夜を明かし、うとうとしては警戒心から頭が冴えてを繰り返してろくに眠っていない。抗い難い睡魔が急激にやって来て、僕を夢の世界へ連れ去ろうとする。温かい家、温かい食事、温かいお風呂、温かいベッド。リュカが全部与えてくれた。寝る前にもう一度感謝を伝えたかったのに……。せめて、君におやすみを言いたいよ……。 「おやすみ」  夢と現実の間の、夢寄りにいた。これは本当にリュカの声?そう疑うくらい優しい声の後に布団を肩まで掛け直されて、額から頭を優しく撫でられた。ああよかった。勝手にベッドを使ってもやっぱりリュカは怒ってない。またさっきみたいに撫でて欲しいと思ったけど、2度目はなかった。リュカの気配が離れて行くのに比例するみたいに、僕に意識は完全に夢へと向かって行った。

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