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君の事を 1

「──という訳だったんだ」 「へえ」  帰ってきたリュカに、家になかった筈のジャガイモのルートを尋ねられて、夕御飯を作ってくれているリュカの隣で語って聞かせ終えたところだ。 「アンリは九つだっけ?しっかりしてるよね」 「そうだな」 「僕が9歳の頃なんて、堅結びすら出来なかったんじゃないかな」 「あり得るな」  リュカがクスクス肩を揺らす。 「ねえ冗談だよ?流石の僕もそれくらいは出来たよ」  どうだか。口には出さないものの、そんな目を僕に向ける。 「ほんとに出来たんだからね!」 「あー分かった、悪かった。皿出してくれよ」  ぶすっとしたまま食器の棚に向かう。3つ重なってるボウルの内、上ふたつが僕が厳選した欠けの少ないものだ。今日はスープだけじゃなくてジャガイモを切って焼いたベイクドポテトもあるから、お皿も必要だ。見ると、お皿もやっぱり3枚ある。コップも、僕とリュカが使ってるのの他にひとつ棚に置いてある。スプーンも、フォークも、全部3セットずつ。リュカは一人暮らしなのにどうしてだろう。そう言えばベッドがふたつあるのも不思議だ。元々は一人じゃなかったのかもしれない。それは家族?それとも恋人……?ああ、僕ってリュカの事何も知らない。 「リュカはいつからここに住んでるの?」 「あ?」  食卓を囲んでいると言うのに、リュカが眉を潜めた。リュカは自分の事をあまり喋らない。きっと聞かれるのも好きじゃないんだろうと思う。  「んなこと聞いてどうする」 「どうもしないけど、リュカの事知りたくて」 「そんな台詞は女に使え」 「僕が知りたいのはリュカのことだもん」 「別におもしろい話はねえぞ」 「リュカの事なら、どんな話でも聞きたいな」  この話を始めてから、リュカの視線はずっと逸らされている。こんな風に顔を付き合わせている時は、ちゃんと目を見て喋る人だから珍しい。 「俺の事より、お前はどうなんだ」 「え、僕?」 「お前はどこの生まれで、どの家の出だ?本名は何て言う?」 「そ、それは……」 「嫡子か?それとも庶子?家出してきて帰りたくないってんだから、口減らしにでも遭ったか?」  顎を上げて薄ら笑いを浮かべたリュカはそれでも綺麗だけど、一気に粗野で野蛮な印象になる。スラムのならず者と同等に渡り歩くために身に付けた仮面だろうか。 「お前は俺に自分の事を知ってほしいんじゃなかったか?」  そうだ。僕はリュカに僕の事を知って貰って、「嫌い」を覆さなきゃならない。約束したことを忘れてた訳じゃない。けど、リュカが僕からペンダントを奪って追い出す素振りが一ミリもないから、少し、勝手に、受け入れられたのかなって思い始めてはいた。 「分かってる。分かってるよ、リュカ」 「じゃあ教えてくれよ」 「あのね、リュカ」  リュカがどうあっても僕の出自を知りたいのなら何もかも包み隠さず話そう。けど……。 「僕がリュカに知ってほしいのは、僕の家柄とかじゃなくて……。そう言う、色眼鏡なしに僕を見て欲しい。何でもないただの僕を、僕自身を知ってほしいんだよ」  僕を見下すようにしていたリュカがふ、と笑った。さっきまでの嫌味な笑いかたじゃなく、いつもの優しいリュカの声で。 「その言葉、そっくりそのままお前に返すぜ」 「リュカも、僕に自分のこと知って欲しいって思ってるの?」  意趣返しに聞くと、リュカは困った顔をして首の後ろを掻いた。 「あー……そーいうことじゃなくて……」 「ふふ、分かってるよ。リュカが知られたくなくても、僕はリュカの事探し出すからね。覚悟してね」  冗談めかして笑いかけた事で、リュカは漸く僕が意地悪でわざと言った事に気付いたらしい。 「……お前、意外と性格わりいな」 「リュカに言われたくないよ」 「ふん」 「けど、僕ちょっと自信ないな……」  リュカが首を傾げる。前髪は後ろに流されてるけど、それでもこういう仕草をするとリュカは可愛い。 「僕はちゃんとリュカに気に入って貰えてるかなって……。僕、これまで正直言っていいとこないよね。今日だってアンリよりも頼りなくて情けなかったし……」  僕は僕なりに役に立とうと、リュカに言われた洗濯以外も、家の事はリュカの見よう見まねでやっている。水汲みに、風呂沸かし、暖炉の灰かきに、薪くべ。夕飯作りは一度やってみたけど、皮を分厚くしか剥けなくて、勿体無いからやらなくていいと言われた。あ、それに、風呂も毎日沸かさなくていいって注意されたっけ。薪が足りなくなるからって。 「そうだな。お前は何も知らねーし、不器用だし、頼りねえな」  グサッ!グサ!グサァ!リュカの言葉が胸に突き刺さる。けど、事実だ。仕方ない。 「けど、覚えは早えし、真面目で一生懸命で勤勉だ。不器用なのはどうしようもないみてえだけど」 「え、リュカ、それって……」 「ま、今のところ合格かな。イモも貰ってきてくれたしな」  ニッと口の端を上げて笑ったリュカが、首をこてっと倒して僕を見た。だからそれ、可愛いんだってば。 「じゃ、じゃあリュカは僕のこと好、」 「そこまでは言ってねえ」 「あはは……だよね。精進します」

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