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初めての仕事 2

 スラムの街と、ここの人達が上層と呼んでる比較的お金持ちが住んでいるエリア──僕が初日にリュカに連れてきて貰った場所だ──の中間のちょっとした広場に、丸太を山ほど積んだ馬車がいくつか停まっている。もう既に仕事は始まっているらしく、何人かの男がパカーンと気持ちの良い音を立てて丸太を割っていた。 「おー、来たか」  馬車の集団の中からリュカの姿を見て寄ってきた男は、身なりからしてここの人間じゃない。 「昨日話した新人も一緒だ」 「ああ。人手は大歓迎だ。素行さえよければ、な」 「それは問題ない」 「そうか。リュカ、お前がきっちり監督しろ」 「分かった」  男は気安い調子でリュカの肩を叩くと、自分の仲間たちの所へと戻っていった。 「知り合い?」 「まあ。これまでに何度か手伝ったことがあるから」 「昨日はあの人と会ってたの?」 「いや、飲み屋でたまたま。ラッキーだったぜ。特別割のいい仕事ってわけじゃねえけど、お前の言う通り薪を貰えるのは助かるからな」  リュカは、にっ、と得意気に笑ったけど、僕は笑い返す気にはなれなかった。昨晩は仕事の話をしに行っただけ。リュカがそう答えるのを期待していたからだ。けど、やっぱりあの人に会うのが本来の目的ではなかった。そりゃあそうだ。あの人は女ものの香水なんてつけていなかったし、もしつけていたとしてその香りがリュカに移るほど濃密な接触があってはそれはそれで大いにモヤモヤする。 「こっちだ」  リュカが呼んでいる。昨晩の事をうだうだ考えている場合じゃない。監督を任されたらしいリュカの迷惑にならないようしっかり働かないと。 「はあ、はあ……」  初めての薪割は想像以上の重労働だった。リュカに教えてもらったことは実践したつもりだけど、絶対的に力が足らないらしく、リュカや周りの人たちみたいに気持ちよくパカーンと割れない。 「少し休憩していいぞ」 「はあ……いい、まだ、やれるよ」 「おいおい無理すんなって」 「だいじょうぶ……」  ちゃんと役に立たないと。その思いで再び丸太をセットする。斧を振り下ろそうとしたその時、すぐ後ろから声がした。 「そのままストップ。コツを覚えちまえば、力はそんないらなくなるから」  背後から腕が回ってきた。僕の両手の上からリュカが斧を握っている。 「も少し足広げてみろ」  僕の頭の横にリュカの顔がある。吐息がかかるほど近い位置で喋られると、頬が熱くなってしまう。さっきまでとは違う種類の汗が、革手袋の内側をじめじめと湿らせていく。どぎまぎしながらも言われた通りに足を横に開くと、そうだ、とリュカが頷いてくれた。嬉しい。 「いいか。斧は手前に引くんじゃない。真っ直ぐ真下に力を伝えるんだ」 「う、うん。下に、ね」 「あと、腰を前に倒すんじゃなくて膝から曲げてみろ」 「うん、わかった」 「じゃあいくぞ。せーの!」  パカーン。リュカと僕、二人で下ろした斧は、丸太を綺麗に真っ二つに割った。 「す、すごい!ね、リュカ、すごいね!」 「おう、上手かったぜ」 「やったー!力、いらなかった」 「だろ?」 「うん!コツ掴めた!やった!リュカのおかげだよ!」 「お前は身体で覚える方が向いてるのかもな」 「え、えへへ」  身体で……ってなんかリュカが言うと妙にえっちだ。当然、リュカはそんなつもりで言ってないだろうけど、昨晩の後遺症だ。 「野菜の皮剥きも、リュカにさっきみたいに教えて貰えたら出来るようになるかな?」 「それは無理じゃねえ。お前不器用だから」 「今度やってみてよ」 「あぶねーだろ」 「そう言わずに一回試しに、」 「おいおいおにーさん方。仲良しなのはいいが、ちゃっちゃと仕事しちまうぞ」  仕事仲間の気の良さそうなおじさんに注意されて、僕とリュカは顔を見合わせて「しまった」の目配せをした。神妙な顔して仕事に戻りながら、けど心の中は楽しいって気持ちでいっぱいだった。リュカと気持ちが通じ合えた事が嬉しくて幸せだ。    リュカのお陰で一応戦力となった僕とリュカと他のおじさん達数人で日が陰るまで働いて、漸く馬車に山盛りだった丸太が全て薪になった。元々ここにいた馬車に加えて途中で追加の馬車も来たものだから本当に凄い量だ。 「ご苦労だったな、おつかれさん。ひとり2束ずつ持って帰ってくれ」  最初に話しかけてきたリュカの知り合いの材木商のおじさんがやってきて薪の束を指差した。1日汗水垂らして働いて薪の束2つか……。仕事をして報酬を得ることの大変さを、僕は今日身をもって体験した。生きる事って、こんなに大変なんだ。そう思うと同時に、生きる事って楽しいとも思う。誰かの役に立つことを何ひとつせずに、その癖誰かのお金で生かされていた頃に比べると、生きている事に対する充足感が段違いだ。そうだ、僕は今生きている。生かされているんじゃなく、積極的に生きているんだ。

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