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世界が灰に染まった日 3

 引き摺られる様に路地裏から大通りまで連行され、古びたビルへと連れ込まれた。ここは確か、怪しい薬を売り歩いてる奴等の根城だって聞いたことがある。そんな奴等が俺に一体何の用があるんだ。 「親父、例のガキを連れて参りました!」  3階まで階段を登った先にあった仰々しいドアの前で、連中が一斉に姿勢を正した。この先にこいつらのボスがいる。俺を捕まえてこいと命令した親玉が。 「入れ」  唸るような低音。けれどよく通る声だった。連中の内俺の身体を両側から抱えている2人のみが中に入った。俺を引き摺りながら。  部屋の中は金ぴかの置物やら剥製やらが飾られて、趣味の悪いいかにも成金御用達と言った様相だった。部屋の中心では黒い革張りのソファがローテーブルを挟んで向かい合わせに並んでいる。その奥の大きな執務机で、如何にもボス然りとした大男が葉巻をふかしていた。 「ガキ一匹に随分手こずらされたみてーじゃねえか」 「すいませんっ!こいつ、バカみたいにすばしっこくて……」 「ふん、まあいい。座らせろ。……漸く会えたあ、ボウヤ」  掴まれたままソファに座らされた俺の向かいに座った大男が、屈んで顔を近付けてくる。煙たい。 「顔をよく見せてみろ」  鶴の一声で俺の頭からフードが剥ぎ取られた。刹那、大男を含めた男たち皆が息を呑んだのが分かった。 「これはこれは……」  大男は、わざとらしく大仰な声で言った後、俺の全身に撫で回す様な視線を巡らせた。 「スリで荒稼ぎしてるいけ好かねえガキが、まさかこんなツラだったとはなあ……」  大男の顔が、街で「買ってやる」と偉そうに声をかけてくる変態どもと同じだらしない表情になった。 「これはお仕置きの方向性を考え直さねえといけねえな」  部屋中に嫌な笑い声が響く。大男と手下共が顔を見合せながらそうしているからだ。この種の下衆な顔は、いつ見てもヘドが出そうになる。 「もし俺に触りやがったら、舌噛んで死んでやる」  言い終えたところで隣から拳が飛んできて、強かに頬を殴り付けられた。 「生意気な口聞くんじゃねえっ!」 「おいおい顔はやめとけ。後のお楽しみが台無しになるだろ?」  また下衆な笑みを向けられたから、目を逸らして唇を噛んだ。これまではどんなにしつこく追い縋る奴からもなんとか上手く逃れてきた。だが今日はどうだ。こんな風に敵のアジトに連れ込まれた時点で逃げ場はないに等しい。  背筋を嫌な汗が伝う。こんな変態野郎に触られるくらいなら死んだ方がマシだ。けど、俺は死ねない。だって俺が死んだらニナはどうなる。ニナの為に、何があっても生き延びなきゃならない。 「んなビビんなって。まずは話をしようやボウヤ。内容次第じゃあ、お仕置きなしって可能性もある」 「……何が目的だ」  そうだ。こいつには、俺を拉致させた当初の狙いがあった筈だ。それが何なのか分かれば、ここから逃げ出せる可能性を探れるかもしれない。 「金だよ」 「金……?」 「お前がスリで稼いだ金、合わせればかなりの額になるよなあ?汚ねえナリしやがって、ガキの食い扶持だけでは使いきれねえだけ稼いでるんだ、たんまり貯め込んでんだろ。その金を俺に寄越せ。額次第では無傷で返してやるぜ」  だが、この男の目的は金だった。それは今夜の食事にも困る俺にとって最も縁遠いもの。 「金なんか、残ってない」 「嘘をつくな」 「嘘じゃない」 「お前は毎食フルコースでも食ってんのか?あ?さっさと金の在りかを吐け!」 「ねえよ。今日掏った財布が俺の全財産だ」 「ふざけんな!金貨だって相当入ってた筈だ。何で知ってるかって?この街を昼間っからふらふら歩いてる貴族は大抵ウチの客だ。ブツと引き換えに金を頂くって段で財布が見つからねえって事は、一度や二度じゃなかった。お前のせいでなあ、こちとら商売上がったりなんだよ!」  この組織が、ただのこそ泥風情の俺を何週間も追い続けてきた理由が漸く分かった。要するに、間接的に俺がこいつらの商売の邪魔をしたからだ。俺だって毎日仕事してた訳じゃないし、ここへやってくる全ての貴族から金を奪っていた訳ではない。損害額よりも、寧ろメンツを潰した事がこの大男にとっては我慢ならなかったのかもしれない。 「悪かった。お前らの客だって知らなかったんだ」  大男に向かって下げられるだけ頭を下げた。半端者のガキが病弱な妹を守りながらここで生きていくのに、つまらない意地とプライド程邪魔なものはない。俺の獲物であるカモがこいつらの客でもあるのなら、こいつらとはどうにか折り合いをつけなくてはならないだろう。反発し逆らい続けて勝ち目のある相手ではないのだから。

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