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世界が灰に染まった日 4

「やけにしおらしいじゃねえか。さっきまでの威勢はどうした?何か企んでんじゃねえだろうな?」  男が訝しむ様に片眉を上げて顔を覗き込んでくる。俺はふるふると首を振った。 「俺に非があったことが分かったから詫びた。それだけだ」  しーんとその場が静まり返った。暫く思案した後、大男は腕を組んでソファに深く座り直した。 「なかなか賢いガキじゃねえか。名前は?」 「リュカ」 「リュカ。詫びは一応受けてやる。だが、賢いお前なら理解できるだろ?ごめんなさいじゃあ腹は膨れねえ」 「渡せる金はこれしかない」  俺が視線で懐を示すと、大男は顎で手下に俺を離す様指示した。漸く自由になった手で、先程頂戴した財布を差し出す。  大男は中を改めると言った。 「全然足りねえな」 「あといくら払えばいい」 「やっぱり貯め込んでやがんじゃねえか」 「そうじゃない。これからの稼ぎで返す」 「貴族どもから掏ってか?だがその金は元々俺たちに入る筈の金だ」 「それでも渡す筈だった商品の原価分は最低でも得するだろ?」  それに、貴族がクスリを買う金ギリギリしか財布に入れていないとは考えにくい。その余剰分だって全部こいつらの懐に入ると考えれば悪い話ではない筈だ。男が腕を組んで考え込む仕草を見せた。もうひと押しかもしれない。 「必要な額が揃うまでやるから、」 「ちょっと待て。お前が本当にこれまでの金全部使い込んでたとして、じゃあ今後お前はどうやって食ってくつもりだ?」 「週に1度分の稼ぎは俺の懐に入れさせて貰う」 「それもお前の借金になるぞ」 「分かってる。その分回数を増やす」 「回数を増やすだと?てめえまさか毎日貴族から金を掏るつもりか?」 「そっちの要求額にもよるけど、必要ならそうする」 「はっ、冗談じゃねえ。それこそ商売上がったりだ。来る度に金掏られる街にホイホイやって来るほどあいつらは間抜けじゃねえぞ」 「……けど、俺にはこれしか金を稼ぐ方法がない」 「あるじゃねえか」  大男の目付きが変わった。嫌な予感がした。悲しいことに、俺の嫌な予感はその逆と違ってよく当たる。 「その綺麗な顔と若い身体使って商売すりゃあいい」 「それは……」 「なあ、俺たちの客の内金持ちが買っていくのはどんな種類のクスリか知ってるか?お前が俺らの下で奴等に身体を売りゃあ、相乗効果でクスリの方の売り上げもアップするかもなあ」  何の悪企みをしているのか、顎に手を置いた大男がニヤニヤ笑っている。黙っていると、どんなクスリかわかるか、と再び聞いてきた。どんな、と言われてもこいつらの扱ってるクスリはひとつしか知らない。 「廃人になるクスリだろ」 「廃人ねえ……。端からみりゃあそう見えるかもしれねえが、あれで本人は幸せなんだぜ」  嘘だ。街を徘徊する虚ろな奴ら。あいつらがみんなここのクスリを打ってああなっていることは知ってる。あんな人間やめたゾンビが、幸せな筈ない。 「──それはそうと、貴族らが買ってくのはあんな安いクスリじゃねえ。もっと楽しめるクスリだ。中毒性も高くねえから俺らもたまに使う。主に夜、オンナとベッドの上で、だ」  女とベッド……?つまり、女を買った時に使うのか?女をあんな風にゾンビ化させたってつまらないだけだろう。あ、ゾンビ化のクスリとは別なんだったな。けど、その他にどんな作用のクスリがあるのか見当もつかない。 「おいおいボウヤまさか童貞か?そういやお前いくつだ?」 「13」  大男が目と口をポカンとさせて呆け顔になった。   「まだ13かよ。大人顔負けに生意気な口聞きやがるから、チビで童顔なだけでもう少し上かと思ってたぜ」 「生意気で悪かったな」 「そうか13か……。じゃあ、稼いだ金は親にでも渡してんのか?」 「親はいない」 「いない?」 「死んだ」 「じゃあストリートチルドレンか?」 「家はある」 「そこで一人で暮らしてんのか?」 「…………いいだろ、もう。俺の事は」 「よくねえな。お前の稼ぎはガキが一人で使いきれる額じゃねえ」 「まだ疑ってんのかよ。ないものはないって言ってんだ」 「じゃあ何に使ったのか言え」 「関係ねえだろ」 「誰かに貢がされてんのか?」 「関係ねえって言ってんだろ!」 「……ガキに免じて少し譲歩してやろうと思ってんだ。洗いざらい吐きやがれ」 「ガキ扱いなんかいらねえよ。払うもんは払うって言ってんだ。頼むから俺の事詮索しないでくれ」  再び下げた頭に、大男の刺すような視線を感じる。   「じゃあお前、身体売れんのか?」 「……スリじゃ、だめか……?」 「だめだ。言ったろ」  ぎゅっと拳を握り締める。どう考えても逃げ道は見つからない。それしか方法がないなら、ニナの為なら、俺は…………。 「やる。やれる」  大男が顎を上げて俺を値踏みするみたいに見下ろした。 「セックスの経験は?」 「ない」 「男も女も?」 「ああ」 「精通はしてんのか?」 「せいつう?」 「ちんこの先から精子は出るか?」 「……出ない」 「じゃあ女相手は無理だな。男だ。男とどうやるか知ってるか?」 「……ケツに突っ込むんだろ」  知ってる。変態にそうさせてくれって言われた事がある。その時は本気で気持ち悪かったし、そんな頭のおかしい事をしようとする人間が存在している事が信じられないとさえ思った。けど───。 「お前はオンナ役。突っ込まれる方な。やれるのか?」 「……やる」 「舌噛んで死ぬんじゃなかったのか?」 「うるせえな、やるって」  ───だってやらなきゃ俺たちは生きられないから。  「……よし、じゃあ来い」  少しの間の後、大男が立ち上がった。背中を向けて、今いる部屋の更に奥にあるドアへ向かっている。来いと言われた俺も立ち上がり、手下に咎められないのを確認して後を追った。 「朝まで人払いしておけ」  ドアを押して中へ入る前に大男が手下に言い付けた。手下は威勢よく返事すると部屋を出ていった。

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