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世界が灰に染まった日 5
「何をしてる。早く来い」
大男に呼ばれて、慌てて閉まりかけていたドアを押した。
その部屋はベッドルームだった。大男がベッドに腰掛け手招きしている。
「な、なあ、なんでだよ。お前が俺を買う訳じゃねえだろ?」
「これは研修みたいなもんだ」
「研修?」
「男の相手の仕方を教えてやるのさ」
「ひ、必要ねえよ。ちゃんとやれる」
「そうか。じゃあお仕置きだ」
「は?」
「言ったろ。元々俺はお前をボコして金を徴収するつもりだった。けど、ただボコすには勿体ねえツラしてるからな。お仕置き代わりに抱いてやるよ」
殆ど無意識に後退りした瞬間、逃げるなよと言われて身体が硬直した。やると言った。諦めもついたし、決心もした。けど、こんなすぐにとは思ってなかったから……。
「お前の望みは分かってるぜ。俺たちと折り合いをつけてこれまで通り穏便にスリの仕事を続けたいんだろ?どういう訳か普通に稼ぐんじゃ足りねえだけの金がお前は必要らしいからな」
ご名答だ。その為に俺はこんな奴に頭を下げて、殆ど言いがかりの損害を返済する為に身体を売る決心までした。
「望み通りの結末を迎えたきゃあ、俺に逆らうな」
そこまで言われても、まだ身体が硬直して動かなかった。来い、と再び短く命令されて、漸くぎこちなく足が動き出した。
「こっち向いて跨がれ」
ベッドに座る男の目の前まで来て立ち止まると、男は膝を叩いてそう言った。言われた通りに、男の大開きになった太股の間に尻が収まる様にして男の足に跨がる。いきなり物凄い密着度合いだ。男とこんなにくっついた事はない。年を重ねた男特有の噎せ返る様な雄の臭いが鼻につく。俺は本当にやれるのか……。今更ながら決意が鈍りそうになる。
「綺麗な色だ」
男がその距離十数センチの真正面から俺の目を覗き込んで言った。俺自身は決して好きではない、なよなよしたこの色の瞳と髪は、女っぽい色なだけあって俺を女扱いしたがる変態野郎からはよく褒めそやされた。
「昔王都で見た、遥か東の国から贈られたっていう木が咲かせる花に似てる。この国の気候が合わないのか、花をつけるのは稀らしい。お前の美しさはその花の様に希少だ」
「……随分ロマンチストじゃねえか」
嫌みを言うと男ははっとなって、取り繕うみたいに乱暴に俺の顎を持ち上げた。心の準備もままならないまま、男の分厚い唇が俺のそれに重なった。初めてのキスをこんな年上の野郎とすることになるとは思わなかった。別にファーストキスに理想を抱いていた訳でも希望の相手がいた訳でもないからいいけれど。
重なっていた男の唇が啄む様に俺の唇を食んできた。キスって唇を触れ合わせるだけのものじゃなかったのか。考えていると男の舌が唇の合わせ目をつついてきたから、びっくりして身体を引いてしまう。
「なんだお前。キスも知らねえのか?」
口を開け。舌を出せ。もっとだ。言われた通りにすると、その舌をベロンと舐められた。またびっくりして引きかけた身体を片腕で引き寄せられ、思わず引っ込めてしまった舌をさっきみたく出すよう命令される。また舐められたけど、そのままじっと耐えて我慢した。舌の表側も裏側も側面も全部ねちっこく舐め回されて、最後には男の口の中にちうっと吸い入れられた。
「ん、ふ……ぅ……」
息が苦しくなるくらい吸い付かれ舐め回された挙げ句に漸く解放されたと思ったら、今度は男の舌が俺の口の中に入ってきた。ずっと出しっぱなしだった舌を引っ込められたのは楽になったけど、舌だけを舐められてたさっきよりももっと色んな所を犯された。歯の裏側に、上顎に下顎。敏感な粘膜を舌先で器用にくすぐられ、吸われ過ぎてまだちょっとじんじんしてる舌にもそれは伸びてきた。
「ふ、はぁっ……」
そして散々舌と舌を絡め合わされた後、ちゅっ、とリップ音を鳴らして漸く男が顎を引いた。離れて行く唇の間に透明な糸が引いている。頭の奥が痺れてぼーっとする。こんなの俺の知ってるキスじゃない。男の舌がずっと俺の口の中にいたから、どっちのものか分からない涎が混じりあっていっぱい口の中に溜まっている。気持ち悪い。思いきってこくんと飲み込むと、男が満足そうに笑った。
「想像以上に初だな、リュカ」
可愛いぜ、と呟く男の吐息が熱い。からかわれている気がするけど、まだ頭がぼーっとして何も言い返せない。
男の指が、上着のボタンをひとつずつ外していく。一番下まで外され、袖を抜かれる。そこまではただ男の手元をぼんやり眺めていたけど、更にその下のインナーにまで手が伸びてきた時、本能的な嫌悪感からだろうか、脳が覚醒した。慌てて裾を押さえる。
「上、脱ぐ必要はないだろ。もうさっさと突っ込んで終わりにしてくれよ」
男はやれやれと言わんばかりにため息をついた。
「突っ込むだけで満足する野郎がいるかって」
「けど他に何するんだよ」
「それを今から教えてやるんだ」
男の手が、また俺の上の服を脱がせにかかった。立場上もうこれ以上の抵抗はできないけど、やっぱり嫌悪感は拭えなし解せないものもある。
「なあ、俺、胸とかないんだけど」
男が手を止めないまま視線だけ上げた。
「だから?」
「だから、見る意味ねえだろ。脱がして何すんだよ」
それを聞いた時に、ちょうどインナーが頭から抜かれた。剥き出しの上半身に痛いくらいの視線を感じる。居たたまれなくなって顔を逸らした。
「んな見んなよ……」
「身形はボロボロでも、肌は綺麗だな」
「男の肌に綺麗もクソも……って、ちょおっ!」
慌てたのは、男が胸元に顔を寄せてスンスン鼻を鳴らしたからだ。
「嗅ぐな!」
「風呂入ったばっかりか?」
「……おととい」
「ほお。ガキは体臭がねえなあ。ちょっと汗くせえが、まあ悪くねえ」
言い終えると突然男が俺を膝に乗せたまま90度回転した。俺の身体はベッドに下ろされて、その腰を跨いで男が上に乗ってきた。さっさまでとは完全に上下が逆だ。その体勢で男がずいずい迫ってくるから、俺は必然的に後ろに倒れてしまう。あっという間に目線は天井だ。
「お前を脱がせてどう楽しむか、今から実践で教えてやる」
「や、」
男の手が脇腹をつ、と撫でた。くすぐったくて反射的に身を捩る。
「乳首も綺麗な色で可愛いじゃねえか」
「やめろ」
背筋がぞわっとした。そんな目で見るな。女を見るみたいないやらしい目で、俺の身体を──。
「やっ!ちょ、やめ……!」
唐突に身体を屈めた男が舌を這わせてきた。胸の先っぽに。
「ここが性感帯なのは何も女だけじゃねえんだぜ、ボウヤ」
「や、め……、くすぐったい……!」
「開発すればガキでも気持ちよくなる」
「や、だ……も、やめ……ろ……っ」
「大人しくしろ。この程度で音を上げてどうする」
胸に吸い付く頭を押し退けようとする腕を取られ、1本1本指を絡められてシーツに縫い付けられた。男の荒い吐息が不快な程に熱い。乳首の先端をなぶる様に忙しなく動く舌と時々ちうっと吸い付かれる唇に言い様のない嫌悪感を覚える。こんなに恥ずかしくて気持ち悪いこの行為が「この程度」だと……。正直最後まで耐えられるか、自信がなくなってきた。
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