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寝顔

 悶々としながらも結局リュカの帰りを待つことなく眠ってしまった。本当に情けないな僕は……。  ぼんやりと目を開きながら、いつもの朝と気配が違うことに気付く。朝食のいい匂いがしない。スープが煮立つ音もしないし、何よりキッチンに立つリュカの背中がない。慌てて飛び起きて隣に目をやって心底ほっとした。リュカのベッドが人一人分の厚みで膨らんでいる。枕の上には薄桃色の髪の毛も散らばっていた。 「よかった……」  リュカを起こさない様に小さく小さく呟いて、足音を消してリュカのベッドに近寄った。目蓋を閉じて、規則正しい呼吸を繰り返しながらあどけない顔してすやすやとリュカが眠っている。一緒に住んでもう結構なるけど、リュカの寝顔を見るのは初めてだ。考えてみればリュカはいつも僕より後に寝て、僕より先に起きていた。  リュカでもこんなに無防備になることってあるんだ……。人間なんだから必ず眠る。それは当たり前のことなのに、リュカがこれまで余りに隙がなかったものだから、凄く貴重なものを眺めている様な気持ちになる。 「あ……」  暫く眺めていて気が付いた。昨日出かける時は上げていた前髪が下りてる。リュカ、どこかで……あの大男の家でお風呂を使ったのかな……。考えない様にしていたのに、嫌でも色んな事を連想してしまう。あの男はリュカを…………。  リュカが女の人とベッドを共にしたであろう一昨日よりも寧ろ、昨日の事の方が何倍も嫌だ。想像する事すら拒否反応が出るくらい、ともかく嫌な気持ちになる。この気持ちはなんだろう。どうして僕はリュカにこんな気持ちを抱くんだろう……。  衣擦れの音が聞こえだしたから様子を見に行ったら、リュカの目蓋がぼんやりと開いていた。 「おはよう、リュカ。ぐっすり眠ってたね」  リュカは二度三度ぱちぱちと瞬きを繰り返して漸く僕に焦点を合わせた。 「悪い。俺すげえ寝てた」 「謝ることないよ。疲れてる時は沢山寝なきゃ。僕なんていつも寝すぎなくらい寝てるし。あ、それとも今日仕事の予定があったとか……?」 「いや、仕事はない」 「よかった。ね、朝ごはん用意したんだ。食べよ?」  リュカは珍しく反応が遅いと言うか、動きが鈍いと言うか。ぼーっとしていて、いつもより格段に頼りなく見える。そんなリュカが前髪を下ろしているといつもの何倍も可愛く見えてしまって、ちょっと正視するのが憚られるぐらいだ。 「これ、どうしたんだ?」  ゆったりとした歩調でテーブルについたリュカが目を丸くした。 「えへへ、スープは僕が作った。あ、皮を剥かなきゃいけない野菜は入ってないよ。と言うか、キャベツとベーコンしか入ってない。で、パンは買ってきた」  リュカの丸い目がテーブルの上から僕に移る。 「ひとりでか?」 「うん、ひとりで行ってきた。昨日スラムの中を歩いて帰ってきたでしょ?それでパンの露店を見かけたから、行ってみた。今朝も開いてくれててよかったよ」 「おいおいあぶねえな。大丈夫だったか?」 「全然平気だよ。怖い人たちってみんな朝寝坊なんじゃないかな?朝のスラムの雰囲気は城下町と大差なかったよ」  えっへんと胸を張る。城下町と云々は言い過ぎというかかなり盛ったけど、僕だって買い物くらい余裕で出来るんだって所を……少しでも格好いいところをリュカに見せたかった。 「……金はどうしたんだ?」 「昨日貰った薪半束と交換して貰った。よく乾いてていい薪だって喜んでくれたよ」 「そうか……なんかわりいな。俺も食っちまっていいのか?」 「当たり前だよ!リュカの喜ぶ顔が見たくて頑張って買ってきたんだから」 「……やっぱビビってたんじゃねえか」 「え……?」 「さ、お前が"頑張って"買ってきてくれたパン、いただくとするか」 「あ……」  気付いた時には時既に遅し。リュカが、にっといたずらっぽく笑っている。ちょっと足ガクガクさせながら無理して買いに行った事は見透かされている事だろう。かーっと頬が熱くなる。変な見栄張んなきゃよかった。 「ご馳走さま。ありがとな。嬉しかった。けどまあ、買い物は俺に任せろ。キャベツのスープはまた作ってくれ」  食事を終えたリュカのこの言葉に、僕の全てが救われた。買い物に料理に頑張ったことや、昨日からずっと……いや、一昨日からずっとモヤモヤしていた胸の内側がすーっと晴れていく。

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