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夢を描く 1
何をどうやって席についたか覚えていない。けど、僕の前にもリュカの前にもスープの入ったボウルが置かれていて、スプーンも添えられている。じっとしていた感覚はないから、僕が用意したんだろう。
「アンリはどうだった?」
いただきます、と習慣付いた食事前の挨拶を済ませた後、リュカがいつもの口調でそう聞いてきた。
「ア、アンリ?」
「今日、文字を教えたんじゃなかったのか?」
「あ、うん!すごく一生懸命やってたよ。アンリは覚えが早くてね、今日一日でアルファベットの読み方を全部覚えたんだ!」
「ふうん。それってすげーのか?」
「凄いよ!大文字と小文字を合わせたらかなりの数になるからね。アンリの本気度が伝わってきたよ。明日は文字を書いてみようって約束してて。それもこれも全部、リュカが紙と鉛筆用意してくれたおかげだよ!ありがとう!」
リュカがあまりに普通に接してくれたおかげで、僕も自然と普通に話せた。何よりこの話題はずっと用意していたものだ。アンリの頑張りも、僕が少しだけ誰かの役に立てていることも、リュカに聞かせたくてソワソワしていたのだから。リュカはそうかと頷きながら話を聞いてくれたけど、ありがとうはやっぱり宙ぶらりんな感じがした。
「そう言えばリュカ、紙をどこで調達してきたの?僕は知らなかったけど、すごく貴重品なんでしょ?アンリが驚いてたよ。売ってるのすら見たことないって」
「……ちょっと、伝手があったから」
伝手……?リュカの仕事相手の商人だろうか。けど、昨日出かけて行ってすぐに手に入るものだろうか。そもそもここで流通していないという事は商人が普段運んでくる交易品ではないという事だ。それを昨日たまたま持っていてリュカに譲ってくれるなんてことあるだろうか。
「伝手って、あのシダって人……?」
「……」
リュカの視線が嫌そうに逸らされた。もしかしたらって予感は今朝からあった。リュカは何も返事をしなかったけど、この態度こそが僕には肯定にしか見えない。そうか……あの男から貰ってきたんだ……。おそらく、自分の身を犠牲にして。
「大事に使うね。絶対、無駄にはしないからね」
僕にそれ以上何が言えただろう。アンリの為とは言えそんな事しないで欲しい。そもそも、もうあの男の所に行かないで欲しい。僕の本心はそれだけど、そんな事僕の立場で言えることじゃない。リュカの事情もあの男の事情も二人の関係も何も知らないし……。
だから、僕にできることはリュカが貰ってきてくれた紙と鉛筆を大事に大切に使う事、それだけだ。アンリは元よりその貴重さをよく心得ていたけれど、それでも口を酸っぱくして言った。一文字一文字丁寧に書くこと。スペースを無駄にしないこと。誤って破いたりしないよう丁寧に扱うこと。
「うーん。思いついた単語は結構書き尽くした気が……」
アンリに文字を教え始めてもう2週間程経つ。上手い下手は置いておいて、書く事はそう時間を割かなくても要領よく覚えてくれた。問題は単語や文を読むことだ。思いつく度に単語を綴って教えてはいるけど、僕の語彙力にも思いつきにも限界はある。身の回りのものは大体教え尽くした気がするけど、正直自信はない。
「本でもあればなあ……」
僕の部屋にあった児童用の伝記や物語。その内1冊でも手元にあれば違ったんだけどな……。
「ホンって文字がいっぱい書いてあるのか?」
「うん、それはもう。それが数百ページあってね、騎士が活躍するお話とか、魔法のお話とか、一つの物語になってて面白いんだ。それを1冊でも読破できたら、読みは日常生活には困らない程度になると思うな。単語の綴りを覚えて書けるようになるには、またそれなりの努力がいるだろうけど」
「そっかあ。読んでみたかったな」
「そうだね」
僕もこんなに熱心なアンリには是非とも読ませてあげたかった。
「あ、いいこと思いついた!ルーシュが書いてくれればいいんじゃん!」
「え、僕が?」
「そう!だってルーシュはホン、読んだことあるんだろ?それ真似て書いてくれよ」
「書いてくれって、そんな簡単に書けるものじゃ……」
「どんな内容でもいいからさ!面白くなくても許す!」
「うーん。出来るかな……」
「だいじょぶだいじょぶ!」
軽く言ってくれるんだから。けど、確かにいい案かも。物語なんて書いた事ないけど、どんな内容でもいいなら、僕にも書けるかもしれない。今夜寝る前にでも、チャレンジしてみようかな。
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