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夢を描く 2
リュカの家の食卓テーブルの片隅では、裏も表もびっしり文字で埋め尽くされた紙が束になって重なっている。その下にはまだ真っ新な白い紙がいくつか。大事に使ってはいるけど、大分減ってきたし、毎晩リュカがナイフで削ってくれる鉛筆も短くなってきた。
「何やってんだ?」
わしゃわしゃ頭を拭きながら、風呂上がりのリュカが僕の手元を覗き込んできた。石鹸の匂いがふわっと香ってくるくらい近くて、緊張してリュカの事をまともに見られない。
「あ、あのね……、恥ずかしいんだけど、物語を書いてるんだ」
「物語?」
「うん、アンリに読ませてあげようと思って」
「ふーん、いいな」
「文章書くの上手じゃないんだけど、アンリが何でもいいって言ってくれたから」
ここに住む人たちの当たり前は当然リュカにも当てはまる訳で、リュカも読み書きは殆どできない。商人と仕事をする中で目にするのか、アルファベットや仕事に関連するいくつかの単語は知っていたけれど、自分の名前の綴りは知らなかった。リュカも学んでみる?と何度か提案したことはあるけど、今更やっても……といつも断られてしまっていた。
「なあ。本当にアンリの言う通りだと思うか?」
「え?」
「文字を覚えたら、ここを出られるって」
「そうだね。少なくとも切っ掛けにはなると思うな」
「そうか」
「もしかしてリュカ、やる気になったとか?」
「……俺に出来ると思うか」
僕は、リュカに変に思われない程度のほんの一瞬驚いた。だって、リュカが僕に弱音らしきものを吐いたのは初めてだったから。
「出来るよ!やろうよ!僕はね、リュカの役に立ちたいんだ。僕に出来ることは今の所これしか思いつかないけど、それでリュカの力になれるなら僕は最高に幸せ」
「お前……相変わらず大袈裟だな」
「だって本当の事だよ」
僕はリュカに嘘をついたことなんてない。ただの一度だって。
「俺、頭にはあんま自信ねえんだ」
「そうなの?リュカは僕なんかより頭いいと思うけどな」
「覚えが悪くてうんざりするかも」
「そんな事しないよ!僕、根気強いんだ」
「そうだったな。お前は物凄く……」
しつこいんだったな。にっと笑ったリュカが、わざと聞こえる程度の小声でそう言った。
「言ったな!けど、僕がしつこくてよかったでしょ?」
「なんで?」
「だってあの時しつこくしなかったら、リュカは僕とこんな風に仲良くなってなかったよ」
言ってしまってから、うぬぼれが過ぎたかと思い直して恥ずかしくなった。
「す……少なくとも僕はよかったって心底思ってるよ。リュカと出会わせてくれた全て……諦めなかった自分にもそうだし、あの時僕を追いかけ回してきたごろつきにすら感謝してるぐらい」
恥ずかしいついでに言っちゃったけど、これまた大袈裟だって呆れられるやつだ。そう思っていたけど……。
「そうだな。お前がしつこくてよかったよ」
リュカはさらりとそう言った。あんまりあっさりと言うものだから疑いそうになるけど、絶対聞き間違いとかじゃない。リュカは「よかった」って言った。それはつまり、僕と出会えてよかったって意味だ。
「リュカ!」
あんまり嬉しくて興奮して我を忘れた。
「な、なんだよ、いきなり……」
リュカが困ったような声を上げる。僕がいきなり立ち上がって抱き付いたからだ。その僕はと言うと、自分の大胆な行いに今になって顔から火が出そうになっている。いつもなら近くに寄るだけでドキドキして何も考えられなくなるくらいなのに、なんて事をしているのだろうか。もう、心臓が口から飛び出ちゃいそうだよ……。
カーっと頭に血が昇っているというのに、どこか冷静で打算的なもう一人の僕が囁く。もうやってしまったのだから、このチャンスに乗じて思う存分リュカを抱きしめてしまえ、と。
リュカの事を意識してから向こう、絶対的にリュカとの触れ合いは減っている。それは一方的に意識し過ぎてしまう僕が避けているせいだけど、好きだからこそ、僕は本当はリュカと前みたく、いや前よりももっと触れ合いたいのだ。綺麗な顔だって意識してなかった頃みたいに普通に見つめたいし、毎晩の様に、リュカの隣でひとつの布団にくるまって眠れたらなって思ってる。
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