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夢を描く 3

 僕は内なる声に従った。心臓がどこどこ激しく胸を叩く。こんなにドキドキしていることは、密着しているリュカにも知られている事だろう。変に思われているだろうか……。けど、僕の腕の中にすっぽり収まっているリュカは、今のところ力任せに僕を振り払ったりする気はなさそうだ。  思った。リュカなんだか小さくなった?……いや、そんな訳ない。けど、出会った頃は同じくらいだった筈の頭の位置が今は明らかに違う。成長期だからか、それともここでの生活で僕にもある程度筋肉がついたのか。身体の大きさも僕のほうが大きい。相対的にリュカの細さが際立つ。やっぱりリュカは格好いいのに可愛い。 「僕は、リュカとこうして出会う為に生まれてきたのかも」 「また大袈裟なこと……」 「大袈裟かな。僕は本気でそう思ってるんだけどな」  答えて直ぐ。ずっと大人しくされるがままになっていたリュカが、何も言わず僕の身体を押し返してきた。名残惜しさを感じつつも、リュカの意思表示を尊重して腕をほどく。 「早く、書いちまえよ」  リュカはまるで何事もなかったみたいにそう言うと、髪をわしゃわしゃと拭きながら僕から然り気無く距離を取った。ちょっとショックだけど、咎められたりしなかっただけよかったと思おう。  リュカがそうしたみたいに、僕も「普段通り」の仮面を装着することにした。 「リュカは何する?」 「俺はこれ、なぞってみる」  リュカが手にしたのは、字の練習の為に書き込み過ぎて真っ黒になった紙だ。 「こっちの方がまだ見やすいよ」 「いい。それはアンリに使わしてやれ」  僕の向かいの席に腰を下ろしたリュカが、黒い紙を前に鉛筆を握った。僕の見よう見まねをしたのか、アンリ達みたいにグー握りじゃなかったけど、あの器用なリュカがなんともぎこちない。 「あのね、アンリともやったんだけど、まずはただ線を引く練習をするといいよ」 「線?」 「うん。最初は力の入れ方とか、難しいでしょ?線引いてる内に覚えられるから」 「ふうん」  リュカは素直に僕の言う通りに線を引き始めた。殆ど塗りつぶされているくらい字が密集している場所を選んでいる。アンリに読ませる物語を書きながら盗み見てみると、初めはミミズが這うみたいに頼りなく歪んでた線が、だんだん濃くしっかり真っ直ぐなものに変わっていった。コツを掴むスピードは流石はリュカだ。 「そろそろ文字、なぞってみていいんじゃない?」 「ん」  リュカはアンリにも負けず劣らず一生懸命だった。椅子に片足を上げて膝を抱える姿はとても行儀がいいとは言えないけど、熱心に机にかじりついてアンリの書いた金釘文字を丁寧になぞる姿には好感を抱かずにはいられない。 「それはね、リンゴって単語だよ」 「リンゴか……」  リュカが口にしながら何度もそれをなぞる。やっぱり好感しかない。  僕はそんなリュカに掛かりっきりで教えてあげたかったけど、リュカはそれを望まなかった。僕がリュカに構って物語を書くのをサボっていると、俺はいいから、と言ってくる。だから、僕の気持ちはそうでなかったけど、片手間な感じを装ってリュカに助言をした。  僕とリュカの夜の過ごし方は、最近こんな感じで定着している。リュカは自信ない、なんて言ってたけど全然そんなことなくて理解も早ければ記憶力もいい。僕が作ったテスト(アンリのお下がりでいいのにってリュカは言ったけど、こればっかりは答えが書いてあっては意味がない)は見事全問正解で、綴りも正しく覚えていた。やっぱり地頭がいいらしい。  凄いねって褒めちぎる僕を、ちょっと気まずそうに照れ臭そうに見返すリュカがどうしようもなく可愛くて、毎日やっぱり好きだなって再認識させられる。そんな日々はとても幸せだった。

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