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シダという男 1

「何かご用ですか?」  見上げるほど大きな男の目を見ながら、よくこんな毅然とした声が出せたな、と我ながら驚く。 「誰だ。そこで何してる」 「ルーシュと言います。あなたとは、街で一度会いました」  男が目を細めた。何人も人を殺めてそうとシンプルに思えるくらいの凄い目付きだ。 「お前があの時のガキか。なんだ、リュカに負けず劣らずの優男じゃねえか」 「リュカならいませんよ」 「てめえまさかここに住んでんのか?」  男の目付きは相変わらずすこぶる悪い。けど今度はただ睨むだけじゃなく、探られる様な目を向けられている。 「少し前からお世話になってます」 「あいつに飼われてんのか?」 「買われてる?僕がリュカに?いいえ。僕にはリュカにあげられるものなんて何もないし……」 「んな高尚な話はいらねえんだよ。リュカに抱かれてんのか?って聞いてんだ」 「だっ……抱かれてるって……」 「それとも逆か?お前がリュカを抱いてんのか?」 「ぼ、僕とリュカはそんなふしだらな関係じゃ、」 「ふしだら?」  男が僕をバカにした様に笑った。 「お前ここの生まれじゃねえな?」 「そうですけど……」 「どこのどいつだ?リュカとはどういう関係なんだ?」  前に、薪割りの仕事の帰りに会った時も、こいつはリュカにしつこくそれを聞いていた。まるでリュカが自分の所有物だとでも主張するみたいに。 「僕の生まれも、リュカとの関係も、あなたに言う必要ないと思いますが」  僕はありったけの勇気を振り絞って男の顔をきっ、と睨みつけた。当然恐怖心はあるけれど、リュカに纏わり付くこの男の存在が嫌で堪らなかった。 「なんだ、生意気さもリュカに負けず劣らずか?」  男は僕の渾身の睨みすら笑いでいなしてしまう。殴りかかられなかっただけ、僕には幸運だったのだけど、完全に相手にされていないというか、同じ土俵にすら立たせて貰えていない感じが歯がゆい。 「まあリュカとふしだらな関係じゃないんならそれでいい。あいつは俺のだ。触るなよ」  最後の一言を聞いて瞬時にカッとなった。恐怖心も完全に忘れるほど。 「そういう言い方はないだろ!」 「ああ?」 「リュカの意志は?あなたとの関係、リュカが望んだものではないですよね?」 「……リュカに何か聞いてんのか?」 「リュカは何も言ってくれないけど……けど、見てたら分かります。リュカに恋愛感情がないことぐらい」 「恋愛感情だあ?何生ぬるい事言ってやがる」  鼻で笑われた。生温い。そう言われたら正直何も言い返せない。男と女が、愛とか恋とか以外の色んな理由で結びつきをもたなければならないことは、僕がいた世界でも当たり前だったから。結婚は、家と家が結びつくもので、家柄の相応しさは本人の意思よりも尊重すべきもの。僕だってそう思っていた。ここで、初めて恋という感情を知るまでは。 「俺はリュカを俺のオンナにすると決めて、リュカはそれに頷いた。恋愛感情があろうがなかろうがリュカは俺のものなんだよ」  二人の間にどんな利害関係や約束があるのか知らないし知る由もない。けど、僕は嫌だ。リュカが誰かに抱かれるのが。リュカが誰かを抱くのが。漠然としていた独占欲が形を作っていく。リュカには、僕だけを見ていて欲しい……。 「それは、お前が使ってるのか?」  男がそれ、と指さしたのは、アンリが置いて行った紙の束だ。 「そう……ですけど」  何をしでかすか分からないこの男にアンリの存在を仄めかすのは憚られた。すると、男は一人で何かに納得した様に頷いてそういう事か、と呟いた。 「あいつらしいな」 「え?」 「初めて、あいつに物を強請られた。5年の付き合いの中で、初めてだ」  男が投げやりに言う声が、少し寂しそうに聞こえて驚いた。  男が何を言っているのか僕には何となくだけど分かっていた。スラムの街のどこにも売っていないという紙と鉛筆。リュカの言っていた伝手というのは、やはりこの男の事だったのだろう。 「あいつが自分の為に何かを望んだことなんかなかったからな」  どさっと、僕の脇に重そうな布包が投げ寄こされた。 「お前にはびた一文も渡したくはねえが……リュカが望むなら仕方ねえ」 「これは……」 「近いうち礼に来いとリュカに伝えておけ」  僕が正体不明の包みに気を取られている内に、男はそんな聞き捨てならない捨て台詞を残してここを立ち去ろうとしていた。 「お礼は必要ないって、リュカには伝えますから!」  男の背中に向かって大声で叫んだ。聞こえていたはずなのに、男は何も言わなかった。反論も、しなかったんだ。

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