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シダという男 2
「お礼は要らないって」
だから、僕は男に言った通りをリュカに伝えた。
「いらないってあいつが?」
「うん、そうだよ」
「そうか……」
リュカは少しの間解せないって顔で腕を組んでいたけど、すぐに僕に向き直った。
「それより、あいつに何もされてねえか?」
「うん、何も。これ、届けに来てくれただけみたい」
「紙と鉛筆の他には何も受け取ってないよな?」
「え?うん、それだけだよ」
「あいつには気をつけろ。変なクスリとか勧められても絶対に受け取るなよ」
「変なクスリ?」
「ああ。街歩いてると、おかしな姿勢でぼーっとしてたりする奴ら、いるだろ?」
「あ、うん。話しかけても全然答えてくれなかった」
「あいつらみんな、シダの所のクスリにやられてんだ」
「えっそうなの?」
「だから絶対、あいつからクスリ買ったりすんなよ」
あの人、そんな極悪人なんだ。確かに初めから善人には見えなかったけど……。
「僕よりもリュカの方が心配だよ。リュカは大丈夫なの?無理やり変なもの飲まされたりしてない?」
「流石にあいつもそういう事はしねえよ」
「そっか。けど酷いね、そんなクスリを流通させるなんて。この町を壊すようなものじゃないか」
あの虚ろな人たちがちゃんとまともで仕事をしていれば、この町はここまで廃れなかったのではないだろうか。
「まあ、あいつだけが悪いわけじゃねえからな」
僕は少し面白くない。自分の意見に同意が得られなかったからなんかではなく、リュカがあのシダという男を庇うような物言いをしたからだ。
「あのクスリの流通だって、国に斡旋されてやってんだから。諸悪の根源を正すとすれば、国王を討つしかねえな」
「え……」
僕は自分の耳を疑った。国に斡旋?諸悪の根源は国王?
「ね、ねえリュカ、どういうことなの?詳しく聞かせてよ」
食事を終えたリュカがキッチンに立ったのを追って僕も立ち上がった。
「なんだよどうした?」
「知りたいんだ、その話」
「……んな、面白い話でもねえぞ」
リュカが生まれるずっと前の話。この町は漁業でそれなりに栄えていた。それが、ある時を境に漁と貿易を国に制限される様になった。この町の首長が長年利益を誤魔化し、国に治めるべき税をきちんと収めて来なかった、その制裁であったらしい。けれど、それはその当時どの町でもある程度は行われていた程度のものだった。この街はスケープゴートにされたのだ。所謂見せしめだ。当然、この街の人間は怒った。暴動が起こり、国に対する反乱が起きる寸前だった。それがぴたりとやんだのは、突如としてあのクスリが広まったからだ。あれに手を出してしまった誰もが怒りを忘れ、クスリに溺れた───。
表向きあのクスリの流通を国が主導していることは伏せられているが、この町の事情に詳しい人間であれば誰もが知る周知の事実であるらしい。あのクスリは効果が切れると酷い苦痛に襲われる。その苦しみから救うためには再びクスリが要る。負の連鎖だ。国から卸されるそれを、国から金を貰って売り歩いているのが、シダを筆頭とした組織だ。
「もしも流通をやめたら、今度はクスリを寄越せって暴動が起きるかもしれない。国も他にやりようがねえのかもな。スケープゴートにした手前、今更表立って支援する訳にもいかねえんだろ」
「国王が、そんな事を……」
リュカはこの町の住人で、国に───デルフィアによって虐げられている張本人なのに、どうしてこんなにけろっとしていられるんだろう。僕がその立場なら、デルフィアを、その国王を許せないし憎んでいることだろう。
僕は本当に無知だった。こうして家出もせずにあそこで育っていれば、この町の現状も、国によって苦しめられている人々がいる事も、国が過去にこの町に課した仕打ちも、そして今も足元を見た振る舞いをしているという事実も、何も知らないまま大人になったのかと思うとゾッとする。
「教えてくれてありがとう、リュカ。このままじゃいけないよね。絶対、だめだ、こんなの……」
「そうだな。けどどうしようもねえよ。ここに住む人間の大半は日々の糧を得るだけで精一杯だ」
「リュカは……?」
首を傾げるリュカに、この町を変えたいと思うか、を問うとリュカはふ、と皮肉っぽく笑って首を横に振った。
「俺は生憎明日の飯代のことしか考えてねえ賤しい身分なんでね。そーいう難しい話は頭のいい貴族様に任せるぜ」
貴族だから頭がいいなんて事は絶対にないしその逆も然りだ。リュカは平民だけど絶対に頭いいし、僕なんかより色んなことを知ってて色んなことを考えている。それなのに…………。
「……ねえリュカ」
「なんだ?」
「リュカは、この町をこんな風にしたデルフィアを、その国王をどう思ってる?」
「どうって言われてもな」
「許せないとか、憎い、とか……?」
「そうだな……」
リュカが腕組をして首を傾げた。普段は大抵レスポンスが早いリュカが珍しく考え込む時の仕草だ。
「顔の見えない相手に対する感情は、どれもあんまピンとこねえな」
「じゃ、じゃあもしも今目の前に王さまがいたら?」
「もしも、って言われてもなあ」
「憎くないの?」
「憎い、か……。お前は人を憎んだことってあるか?」
「え、僕……?僕は、ない……かも」
「そうか」
「リュカはあるの?」
「……誰かに憎しみの感情を持ち続けるってのは、口で言うほど簡単なことじゃないんだぜ」
リュカははっきり肯定しなかったけど、誰か憎いと思う相手がいたってことなんだろうか。僕はもっと詳しく聞きたかったけど、その後は話をはぐらかされてしまった。僕もしつこいけど、リュカも結構頑固だ。言わないと決めたら頑として口を開かない人なのだ。
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