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夜の街 2
「酒、飲んだことは?」
「え……僕まだ15だから……」
「女と寝たことは?」
「な……」
絶句していると、なさそうだな、とリュカが言った。
「じゃあ出掛けるだけにしておくか?それでも気晴らしくらいにはなるだろ」
一人で納得して一人で話を進めたリュカが席を立つ。外套を羽織るとお前も早く支度しろ、と急かされた。
そうして何が何だか分からない内に、僕はリュカと連れ立って夜のスラム街に来ている。その中心部は、昼間とは違う種類の人たちで賑わっていた。目つきの悪い人、虚ろな人、は昼間と変わりないけれど、明らかにお金を持っていそうな人が、屈強な護衛をつけてうろついている。
ぱちぱちと切れかけた電飾が目に眩しい。セクシーな格好をした女の人が道端で客引きをしている。「ぼうや達、どう?安くするわよ」僕たちもそんな風に声を掛けられて、時には腕を掴まれそうにもなったけど、リュカが上手に躱してすり抜けていってくれた。
夜のスラム街を歩くのは二回目だ。一度目もこの街はこんな感じだったのだろうか。あの時はともかく怯えていてこんな風に周りを見る余裕なんてなかったし、僕があまりにみすぼらしい格好をしていたから客引きにも遭わなかったのだろう。ここでは本当はリュカみたく迷いなく堂々と歩かなければいけないと思う。けど、余所者よろしく、きょろきょろ辺りを見回すのをやめられない。だって昼と夜でスラムは全然別の顔をしているから。こんなににぎやかで活気のある場所だったのか、ここは。
「ここに住んでる奴らは、大抵水商売で生計を立ててるからな。昼より夜の方が活気があって当然だ」
僕がその歴然とした差に感嘆していると、歩きながらリュカが説明してくれた。リュカは目的地に辿り着くまで一度も足を止めなかった。その訳は聞かなくても分かる。結構な速度で歩いているというのに、リュカは客引きだけでなくすれ違う女にも男にも頻繁に声を掛けられた。「兄ちゃん別嬪だねえ」とかもあれば、「一晩いくら」と直接的な事を言われる事もある。
「ねえ、リュカもフード被ったら?」
置いて行かれない様速足で追うその背中に声を掛けた。スタイルは隠せなくても、その綺麗な顔を隠してしまえば、少しは面倒ごとは減るんじゃないかと思って。
「いい」
「どうして?」
「顔隠すのは、厄介ごと処理する時だけって決めてるから」
そう言えば前に、ずっとフード被ってたら仕事にありつけないとかなんとか言ってた。確かに、フードは不審者感増すかもしれないけど……。
「けど今は仕事探してるわけじゃないでしょ?」
「まあ、な」
「じゃあ被ったら」
好きな相手が不特定多数の人間にいやらしい目で見られるのがどうしても嫌だった。リュカが自分の身を自分で守れる人なのは知ってるけど、それとこれとは別の話なわけで……。
「ねえ、被ってよ」
僕のしつこさに辟易したのか、リュカが肩を竦めて僕を振り返った。
「目的があんだよ、一応」
目的?面倒しかないだろうに顔晒して歩く目的って何?もの凄く気になって、物凄く聞きたかったけど、リュカは話は終わりだと言わんばかりにすぐに視線を前に戻した。これ以上踏み込んだら流石に怒られるだろうという予感がして僕は黙った。
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