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夜の街 3
リュカが目的としていた酒場は、繁華街の中でも少し奥まったところにあった。派手な電飾もなくて、他の店に比べると落ち着いた佇まいに見える。
重そうな黒いドアを押し開けると、カランと来客を告げるベルが鳴った。中はこじんまりとして落ち着いた雰囲気だ。ほのかなランプの明かりに照らされ、カウンター席がいくつかとテーブル席が二つ確認できる。カウンターに先客が何人か座っているのも見える。
「いらっしゃ……って、リュカ!」
僕たちを出迎えてくれたのは、なんとあの港で会った女の子だった。この間と同じ身体に張り付いた露出度の高いドレスを着ているためか、やっぱり第一印象は大人っぽい。その子はリュカに走り寄ってきて、ついでみたいにちらりと僕に視線を寄越した。そうしてはっとなった彼女が僕をまじまじと見た。
「あんたあの時の……」
「やっぱりクロエだったのか」
リュカのその一言に、彼女は慌てて自分の口を両手で押さえた。
「俺の名前、クロエから聞いたんだろ?」
リュカに視線を向けられて、ようやく合点がいった。そうだった、リュカの事教えてもらったのはあくまで内緒だったんだ。彼女の手前なんて答えたらいいのか困って目を泳がせていたら、僕の代わりに彼女が声を上げた。
「ごめんなさい、リュカ。ちょっと哀れに思っちゃっただけなの……」
「別に謝る必要はねえよ」
「悪い人間じゃなさそうに見えたから……」
「ああ。だから別に怒ってねえって」
ほんと?そう言って上目でリュカを見上げる彼女は、僕と接していた時とは別人みたいにしおらしくて、やっぱり見た目よりも子供なんじゃないかと思わされる。
どうぞ座って、とテーブル席に通されて、「いつものでいい?」「頼む」と、リュカと彼女が馴染みらしい会話を交わすのを盗み見てちょっと羨ましく思っていると、リュカの目線がぱっと僕に向けられた。相変わらず綺麗な瞳をしてる……。
「お前はどうする?ジュースでも頼むか?」
「リュカとおんなじのがいい」
「俺のは酒だぞ」
「いいの。僕も来年には成人なんだから」
「……それにしても初めて飲むにはきついかもしれねえ。もう少し軽いのを、」
「リュカと同じがいいの」
やれやれと肩を竦めたリュカに注文を聞いた彼女がカウンターの奥に入って行くのをぼーっと眺めた後は、店の中を眺めまわした。リュカの暮らす世界をまた一つ知れた事が嬉しい。同じお酒を飲めば、またもうひとつ知れるんだって期待にわくわくもしている。彼女(クロエと言う様だ)との関係は気がかりではあるけれど、以前の話ぶりから察するに彼女の片思いである様だったから、まだ少し余裕はある。
「リュカ、いつも夜出かけるときはここに来てるの?」
「まあ、ここだったり、色々」
改めて店の中を見回すと、カウンター席に座っているお金を持っていそうな女の人が、ちらちらとこちらに視線を向けているのに気付いた。僕は相変わらずフードの怪しい風貌だから、間違いなくリュカを見ている。リュカは気づいているのかいないのか。どちらにせよ素知らぬ振りだ。
「お待たせ」
目の前に置かれた直径の大きいグラスの中には、大きな氷と琥珀色の液体が入っている。リュカの前にも同じものが置かれた。
「座っても……?」
グラスを置いた後もなかなかテーブルの傍から離れなかったクロエが、リュカの顔を窺う様に顎を引いて言った。
「今日は飲みに来ただけだからな。別にいいぜ」
「嬉しい!」
「仕事の方はいいのか?」
「いーの。混んできたら戻るから」
少女の様に無邪気に笑ったクロエが、くるんと踵を返した。自分の飲み物を取りに行ったのだろう。分かりやすいほどに分かりやすくリュカと同席できることを喜ぶクロエは可愛かったけど、それよりもリュカの意味深なセリフが気にかかった。今日「は」飲みに来ただけって。いつもは違う目的で夜の街に来ていることがその言葉からも読み取れて、分かってはいたけど僕の胸にもやもやが広がる。
「はい、これ。あたしからの差し入れ」
程なくして戻ってきたクロエの手には細長いグラスの他にナッツがこんもりと盛られた小皿があった。それをテーブルの真ん中に差し出してくれる。ここスラムでは初めて見た嗜好品だ。
「おいおい大丈夫か」
「いいの。久しぶりにリュカと飲めるんだもの」
クロエからリュカへの好意は、事前に彼女から話を聞いていなかったとしても今日数回のやりとりだけでも明らか過ぎるほどに明らかだった。僕なんかよりも敏いリュカが気づかない筈はない。なのに、リュカは素知らぬ振り。カウンターの女性からの視線を躱すのと同じように、クロエからの熱い視線を受け流している様に見える。
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