50 / 115

夜の街 4

「驚いた。リュカに会えたとしても追い返されるのが関の山だと思ってたのに」  これは僕の話だ。フードを外して自己紹介をして、今はリュカの家でお世話になっていると伝えると、彼女は目を丸くしてそう言った。 「どういう風の吹き回し?」 「さあな。俺にも分かんねえよ。けどま、お前の言う通り悪い人間じゃなかったぜ」 「……!」  嫌われてるとか、怪しまれてるとかそんな風に感じたことないけど、リュカからこうして直接言葉にして認められて僕は舞い上がった。もし今リュカと二人きりだったら、きっとまた抱きついていただろう。 「ありがとう、リュカ。そう言ってもらえて僕すごくうれしいよ」 「おい、あんま飲みすぎんなよ」 「うん分かってる」  そう答えつつもテンションが上がって続けざまにグラスを傾けた。ついさっき初めて乾杯で知ったお酒の味にはまだ慣れない。つーんとして喉が焼けつく様に熱くなるし、においの割に甘くなくて寧ろ苦くて全然美味しくない。リュカはどうしてこんなの美味しそうに飲んでるんだろう。  けど、一緒にテーブルを囲んでお酒を飲みながら話すっていうこの雰囲気は楽しかった。大人の階段を登った感じも心躍ったし、リュカがグラスを傾ける仕草はワイルドで格好いいのにどこか色気もあって憧れる。  僕もリュカみたいな大人になりたくて、リュカと肩を並べたくて、リュカの飲み方を真似た。熱い液体が喉を通る度、頭がぼうっとする。リュカは心配性なのか度々咎めてきたけど、リュカだっていっぱい飲んでるんだからねって言ってやった。頭も身体もふわふわして、おかしくもないのに、うひゃひゃと変な笑いがこみ上げる。 「なんか大分出来上がってない?」 「初めて飲むくせにペース早すぎなんだよ。おい、大丈夫かルーシュ」 「りゅか、ねえりゅか。こっちむいて」 「向いてるだろ」 「あ……いま、るーしゅってよんだ?」 「さっきな」 「うわあ。すき。ぼくね、りゅかに名前よんでもらえるの、すきなの」 「そーか」 「りゅか、ふふ……かわいい……」 「はあ?」 「りゅか、ねえ、こっち見て、りゅか」 「なんだよ」 「きれい。りゅかの瞳、すきなんだ。すごく、きれい。すき」 「おいおいしっかりしろよ。だから飲みすぎんなって言ったのに……ったく、しょうがねえなお前は…………」  リュカの声が頭上から聞こえる。どうやら僕は机に突っ伏してしまったみたいだ。目蓋が重い。けど、だめだめ。寝ちゃったらリュカとクロエが二人きりで喋っちゃう。それに、カウンターに座ってた女の人がリュカを誘いに来るかもしれない。お酒飲んでこんな風にふわふわしてたらリュカ、ついて行っちゃうかもしれないし、僕がちゃんとリュカの事見てないと…………。 「リュカってそんな顔するんだ」 「ん?」 「いま凄く優しい顔、してた」 「俺がいつもは優しくないって言いてえのか?」 「さあどうかしら。けど、そういう顔は初めて見たわ」 「そういう顔って言われてもな」  案の定、リュカとクロエが何やら楽しそうに話してる。僕も仲間に入れて欲しいのに、頭も目蓋も上がらない。 「ルーシュは随分リュカに熱を上げてるみたいね」 「……だから今日は気晴らしさせに来たんだ」 「気晴らし?」 「こいつ、ずっと家から出てねえから。そのせいで変な思い違いしてんだろ」 「………リュカはどうなの?」 「どうって?」 「ルーシュのこと大事にしてる様に見えるけど」 「まあ、助けるって決めたからには守ってやらねーと、とは思ってる」 「…………あたし、とんでもないダークホース放っちゃったんだ……」 「ダークホース?」 「ルーシュ、可愛い顔してるものね。フード取った顔、今日初めて見て驚いちゃった」 「可愛いっつっても男だけどな」 「髪だって、女のあたしよりさらさらじゃない。綺麗なプラチナブロンドに澄んだ碧い瞳なんて、まるでおとぎ話の王子さまみたいね」 「王子さま、ね……」 「あーあ。リュカは誰のものにもならないって、思ってたんだけどな」 「どういう意味だよ」 「だってリュカ、誰とも心を通わせようとしないから。絶対知り合いを抱かないのだって、そういう事なんでしょ?」 「…………」 「ルーシュは何が違ったの?」 「別になにも違わねえよ」 「だって明らかに近くに置いてるじゃない」 「仕方ないだろ、住む家がねえんだから」 「そういう意味じゃないわ。ねえ、分かってるんでしょ?」 「…………心を通わせるつもりなんかねえよ、誰とも。ルーシュともな」

ともだちにシェアしよう!