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夜の街 5

 幸せな夢を見ていた。リュカと心が通じあって、手を繋いで微笑み合う夢だ。リュカは僕の名前をたくさん呼んでくれて、僕はその度毎にリュカに好きと告げる。リュカははにかんで、少し伸びをして僕の頬に頬擦りをくれた。そうして耳元で囁いてくれたんだ。ルーシュ、─────。 「…………きろ、ルーシュ。おい、起きろって」  ついさっきまで柔らかなリュカの頬と触れあっていた筈の場所がぺちぺち叩かれている。 「帰るぞ、起きろ」  いつになく重い目蓋と頭を持ち上げると、すぐ傍にリュカがいた。 「りゅか……」  抱き寄せようと伸ばした腕は、やんわりと跳ねのけられてしまう。なんで? 「ごめんね、お店閉めちゃうから……」  女の人の声。誰だっけ。  「立てるか?」  今度伸ばした腕は避けられなかった。けど、僕から抱き付こうとした腕を逆に掴まれてしまう。リュカは身体を屈めて僕の腕を自分の肩に回すと膝を伸ばした。必然的に僕のお尻が椅子から離れる。リュカの細い身体に僕の体重が乗っているのが分かる。だって足元がふわふわして軽い。  いつもどうやって立ってんだっけ?こんなふわふわしてる足で自分の全体重を支えられるとは到底思えない。  リュカが僕の身体を支えながら足を進める。リュカの細い肩に寄りかかったままなのは申し訳ないから、僕も踏ん張って自分の足で一歩踏み出した。ふらつくけど、意外と僕の足は丈夫らしい。歩けそうだ。 「大丈夫……?」  ようやく黒いドアを抜けて外に踏み出した。心配そうな顔のクロエ(そうだ、彼女だ)が店の入り口で僕らを見守っている。 「なんとかなりそうだ」  そっと肩を離して、それでもなんとか自分の足で立っている僕を見てリュカが答えた。 「気を付けて」 「おー。またな」  またな、だって。リュカはさらっと期待を持たせるようなことを言う。クロエの頬が嬉しそうに持ち上がったのを僕は見逃さなかった。僕にこんなに優しいのも、リュカがタラシだからかな……。あ違う。僕は妹のニナみたいに思われてるんだった。僕がリュカに抱いている邪な感情を知られたら、もう僕の事こんな風に甘やかしてくれなくなるかもしれない。 「りゅか、りゅーか」 「なんだよ」 「もうそと、ちょっと明るいね」 「そうだな……っておい、そっちはあぶねえよ。真っ直ぐ歩けって」  冷たい夜風が、徐々に僕の頭を冷ましていく。けど、身体の方はまだ言うことをきかない。ちゃんと真っ直ぐ歩こうとしてるんだけど、どうしてだか身体が傾いて斜めに向かってしまう。ほらまた。あ、目の前ドブ……。落ちそうになる寸前で、ぐいっと腕を引かれた。今度はそっちの方に身体がよろけて、リュカの身体に体当たりしてしまう。リュカはそれを受け止めてくれた。そして、しょうがねえな、と言って、僕の背中に腕を回した。 「いつの間に図体でかくなりやがって、これ以上は助けらんねえからな。家までしっかり歩けよ」 「うん、ごめんね、リュカ」 「次はもう少しペース考えろよ」 「え。また、連れてきてくれるの……?」  僕、どう考えてもリュカに迷惑かけちゃってるし、失敗した。もううんざりって思われても仕方ないのに。それなのにリュカはいつも通りの優しい声で言う。 「少しは気晴らしになったか?」 「うん、たのしかった」 「じゃあまた連れてってやるよ」  お酒を飲む事よりも何よりも、リュカと一緒に出かけることが、楽しくて嬉しかった。きっと僕はリュカがいてくれたらどこにいても楽しいんだ。いつも通り家にいたって、リュカが一緒なら毎日幸せなんだから。 「ふふ……しあわせだな……」 「よかったな」  他人事みたいに答えるリュカは、自分の存在が僕を幸せにしていることなんか露ほども分かってなさそうだ。いつか分かってくれる日が来るかな……。

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