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命の重み 3

 息が切れて、もうこれ以上動けないってところまで走ったら、もう街を抜けていた。ずっと掴んでいたリュカの腕を離して、二人して膝に手をついてはあはあと息をつく。  しばらくそうして呼吸が整ってきてようやく、リュカの事を考える余裕が出てきた。冷静に考えると、僕は凄いことをやらかしてしまったのかもしれない。シダはここスラムで絶対的な権力を持っていそうな感じがする。そんな相手にした事、言ったこと、僕自身は後悔していないし、何度同じ場面に遭遇したとしても同じことをしただろうって思うけど、リュカはそのことをどう思っているのだろうか。僕がしたことでもしリュカに迷惑や負担をかけることになるとしたら……。 「リュカ、ごめん、ね」  僕よりも先に呼吸だって整っていた筈なのに俯いたまま黙っているリュカの顔色を窺うように口にした。  僕のしたことがリュカにとって取り返しのつかない事だったとしたらどうしよう。ちらちらと横目でリュカを見やると、その肩がふるふると小刻みに震えているのに気付いた。怒ってる?それとも───。  顔を上げたリュカは、僕を見ると我慢しきれないといった調子で笑い始めた。あはは、と声に出して。 「リュ、リュカ……?」 「おまえ、す、すげえなぁ……」  おかしそうに笑いながらリュカが言う。 「意外と度胸あんだな。俺だって、シダに逆らおうと思ったこと、ねえのに」  そんなに可笑しいだろうか。リュカはお腹を抱えて尚も笑っている。 「僕、もしかしてとんでもない事しちゃったのかな……」  そうとしか思えなかった。リュカを笑うしかないって状況に追い込んでしまったのかも……。 「この街牛耳ってるやつ、敵に回しやがって」 「それって、笑ってる場合じゃないんじゃ……」  やっぱりシダはここの絶対的な権力者だった。僕がしでかしたこととはいえ、敵に回したって言うのが本当ならやばいのでは……。  案の定、リュカはそうだなって頷いた。そして頷いた後にこうも言った。 「けど、スカッとした」  リュカが言葉の通りに晴れやかに笑う。 「黙って言う事聞いてんの、馬鹿らしくなった」 「リュカ……」 「不義理働いて殺されるのも、悪くねえか」 「リュカ……!」  殺されるだなんて、そんな物騒な事をそんな晴れやかに笑ったまま言わないで欲しい。  リュカは僕に視線を向けることなく遠くを見つめてぽつりと呟いた。 「それが一番の罪滅ぼしになるかも」 「え……?」  全然話が見えない。けど、どうしてだろう。リュカの存在が遠く感じられて、一気に正体不明の不安が込み上げてきた。リュカ。君は一体何を考えているの。何を、抱えているの。 「んな心配そうな顔すんな」  僕をちらりとだけ見て、また遠くを見つめたリュカの横顔は、この世のものじゃないみたいに綺麗だった。 「あいつがお前を殺したいって言ったら、代わりに俺が殺されてやるから」  そのまま僕に微笑みかけるリュカはやっぱり浮世離れする程綺麗で、綺麗すぎて怖いと思った。 「そんな事、言わないで」  手を伸ばせば届く距離にいるのにリュカが遠くて、意味も分からず泣きそうになる。 「お前はこんなとこで死んでいい人間じゃないだろ」 「リュカだってそうだよ」 「俺とお前じゃ、命の重みが違う」 「どういう意味?」  リュカは自嘲するようにふ、と笑ったきり何も言わなくなった。どうしてそんな事を言うの。命の重みは、誰だって平等だ。いや、僕にとっては、この命に代えても守りたい人がリュカなのに。

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