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秘密 1

 気が付けば、季節がひとつ終わりを告げていた。暖かい日が増えるに従い、僕が唯一稼げる薪割りの仕事はだんだん減ってきて、リュカは時々一人で夜の街に出かけて行く様になった。  毎日のように僕と抱き合っている身体が「溜まっている」筈はないから、ただお金のためだけにリュカは女の人を抱きに行く。それが凄く嫌で、僕が代わるって言ったこともある。けどリュカには鼻で笑われてしまった。「ガキは相手にされねえよ」って。僕とリュカ、そんなに違わないと思うんだけどな……。  毎日勃たなくなるまで抱き合っても、戯れに好きと言わせてみても、何をやってもどうしても埋まらない溝が、僕とリュカの間に横たわっていた。僕はそれを見て見ぬふりをして、僕たちの関係に今更言葉なんていらないんだって、自分に言い聞かせた。だって身体はこんなにも、まるであつらえたみたいに僕の形になって、1ミリの隙間もない程ぴったりと合わさっている。口約束なんて陳腐なものは必要ない。毎日抱き合っている事、それが僕らの真実なんだから。 *  リュカと夜の街に繰り出すのは二回目だった。冗談半分で言ったデートしたいな、って僕の願いを聞き入れて、リュカが連れ出してくれたのだ。「ここの飯はうまいぞ」と連れてきてくれたのは、僕が初めてスラムで夜を明かした日にゴミを漁ったあの食堂だった。 「探してたんだから」  店に入って早々、リュカは顔見知りらしい年上の綺麗な女の人に絡まれた。 「あんたとはもう寝ない」  絡みつく腕をにべもなく引きはがし、ねばつく視線から逃れるように顔を背けたリュカは、言葉も態度も分かりやすく女性を拒絶していた。それでも女の人はめげなかった。 「待ってよ。この間の事怒ってるの?夫も一緒だってこと、内緒にしてたから」 「…………」 「けど、あの人に愛されるあなた、とってもセクシーだったわ」 「…………」 「主人がね、あなたをいたく気に入ったみたいなの。もちろん私もよ。この間の倍払うわ。どうかしら?」 「……俺は同じ客を二度は取らない主義でね。悪いけど他を当たってくれ」 「あら連れないのね。本当にいいのかしら」  リュカは女性を完全無視して店の奥に進もうとしていた。が、その背中に向かってかけられた言葉に、その動きはぴたりと止まる。 「あなたが一番探してた情報が手に入ったんだけど」  リュカは少しの間フリーズしていた。心配になって声をかけようとしたところで、リュカがくるりと女性に向き直った。嘘だろ、と呟きながら。 「嘘じゃないわ。本当よ。元々パイプがあるって言ってたじゃない」 「ああ。その割にこの間は有益な情報をひとつも貰えなかった」 「だからよ。だから、主人が必死で情報をかき集めたの。あなたを喜ばせたい一心でね」 「……信じられねえな」 「信じて、と言うしかないけど、あなたがそう言うなら仕方ないものね。せっかく手に入れた情報は、闇に葬ることにするわ」  今度は女性の方が踵を返した。さっきから、一体何の話をしているんだろう……。 「ちょっと待て」 「信じる気になったのなら、ついてきて」 「……今日は無理だ」  リュカのその答えを聞いて初めて、女性の視線が僕に向いた。 「可愛らしい先客ね。あなたさえよければ、こっちは四人でも構わないわ。どうかしら?」  女性の視線はまだ僕に向いている。と言うことは僕に聞いているって事だ。どうって言われても……。 「こいつは客じゃない、ただの連れだ。さっきも言った通り今日は空いてない。交渉の余地はねえぞ」 「……あらそう。じゃあ、せっかくあなたの為だけに苦労して手に入れた情報だけど、いらないってことね?」 「ああ。縁がなかったと思って諦めるさ」  今度はまたリュカが背を向けた。こういうのを駆け引き、というのだろうか。互いの言っていることの何が本当で何が嘘なのか、僕には全然分からない。そもそも、話の内容自体意味不明なんだけど。 「ちょ、ちょっと待ちなさい」  女の人が慌てた様子でリュカの手を掴んだ。 「冗談よ、冗談。明後日までこっちにいるから、情報が欲しいなら明日またここに来てちょうだい。待ってるから」  女性は言い終えると、リュカの指先までをなぞる様にしながら握った手を粘っこく離すと、グラマーな腰を左右に振りながらバーカウンターの方へ姿を消した。

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