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花冠 2
「ニナは花冠を作るのがすごく上手だったんだ」
完成させた花冠を頭に乗せてはしゃぐハンナの姿を、目を細めて眺めながらアンリがぽつりとつぶやいた。
「アンリも、ニナに編み方を教えてもらったの?」
「うん。誕生日には必ず編んでプレゼントしてくれたよ。オレもハンナも秋生まれだから、いつも秋桜の花冠を貰ってた」
秋桜か。淡いピンクの秋桜の花冠も綺麗だろうな。リュカの髪色にも似ているし。
「リュカは春生まれかなあ?」
「リュカの誕生日?そういや知らないや。ニナが12月生まれなのは知ってるけど。冬は流石に花が咲いてねえからさ、オレ、プレゼント贈りたくても結局何もできなくて……」
「ニナの事、大事に思ってたんだね」
アンリがさみしそうに笑った。アンリにこんな風に慕われて、リュカに愛されていたニナ。そんな相手に嫉妬するほど僕は身の程知らずじゃないけど、純粋に会ってみたかったなとは思う。
リュカに似た女の子ならさぞ可愛かっただろう。……もちろん、いくらリュカの見た目で性別が女の子の人物が存在していたとしても、だからって僕のリュカへの気持ちは全然変わらないけれど。僕はリュカの見た目だけをすきになったわけじゃないから。
それにしても亡くなってもう何年も経っているだろうに、幼いアンリが未だにこんな顔をするのだ。兄であるリュカの喪失感や悲しみは如何ほどだったろう……。
初めて出会った時に僕を助けてくれたのも、嘘みたいに優しくしてくれたのも、リュカが僕の中にニナを見ていたからだ。妹のニナの存在がリュカにとってどれ程大きかったかは、その事実を持ってしても明らかだ。
リュカは春生まれだろう。そう思うのは、家に飾られている花冠がシロツメクサだからだ。もうドライフラワーになっちゃってるから全体的に茶色いけど、あのまるい花の形はシロツメクサに違いない。きっと、ニナにプレゼントされたものを飾っているんだ。殺風景なリュカの部屋に飾られた唯一の装飾品なのだ。それぐらいしか考えられない。
別に僕は、今更ニナの代わりになりたいなんて思ったわけじゃない。僕は僕としてリュカとの関係を築いているし、リュカだってもう今は僕をニナと重ね合わせたりはしていないと思う。もしそうなら、僕と抱き合ったりしないはずだから。
だから、仕事から帰ってきたリュカに花冠をプレゼントしたのに特に深い意味はなかった。僕にもこんなに上手に作れたよって自慢したかったのと、あわよくばリュカの頭に乗せてみたいなと思ったのだ。リュカは絶対に嫌がるだろうけど、そんな押し問答によるじゃれ合いも楽しみだったし、僕に根負けして花冠を被ったリュカの格好いいのに可愛いちぐはぐな姿を見て笑って、リュカに「こら」って言われたかった。最近疲れた顔をしてるリュカと、久し振りに無邪気に笑い合えたらいいなって、ただそれだけだったのに……。
「やめろ!」
リュカは、玄関先で「じゃーん」って能天気に差し出された花冠を払い落とした。これまでに見たことがないくらい顔を強張らせ、物凄く怒った顔で。
「ご、ごめん、リュカ……」
リュカがどうしてそんなに怒っているのか分からなかった。どう言えば許してもらえるのかも……。
「…………悪い。ちょっと頭冷やしてくる」
僕がどう謝るべきか考えている内、リュカが強張った顔のまま言った。その冷たい声色に背筋が冷える。入ってきたばかりの玄関のドアを開けて出ていくリュカの背中を、僕はただ茫然と見ていることしかできなかった。
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