80 / 115

丘の上の墓地 4

 ほんの少し不埒な妄想をしかけた時、とん、と肩を叩かれた。 「帰ろうぜ」  振り返ると、リュカはもう墓石に背を向けていた。  「もう、いいの?」 「今日は仕事ねえんだ」 「うん……?」  だったら尚更もう少しゆっくりしてもいいんじゃ……?僕はできたけれど、リュカはまだ花も供えてないし、ちゃんと手も合わせていないし……。  首を傾げて棒立ちの僕の腕をリュカが掴んだ。何度抱き合っても、どれだけ濃密な触れ合いを持とうとも、こんな風に不意打ちに触られるとどきんとしてしまう。  リュカは僕の腕を引いて歩き出した。   「か、帰るの?けどリュカ、まだ手も合わせてなかったんじゃない?」 「ここへはいつでも来れる。それよりも…………」 「どうしたの……?」  俯いたリュカが何かを言い淀んだ。その表情にいつになく影が差して見えて、どうしてだか酷く胸がざわついた。  これは……喪失の、予感……?いや、そんなはずはない。僕はそんな予感を振り払う様に首を振った。僕とリュカは上手くいっている。昨日のことだって仲直りできたし、リュカは僕に過去の一端を語ってくれもした。多少の衝突は、仲を深めるきっかけとなるものだ。僕とリュカだってそうだった。失うなんて、そんな事、あるはずない。  自分に言い聞かせながら、リュカの動向を固唾を呑んで見守った。息苦しいと思うくらいの緊張の中、顔を上げたリュカの表情に、影は跡も形も見当たらなかった。   「昨日は何もしてやれなかったろ」  さっきのは見間違いだったのだろうかと思うくらい、リュカはいつも通りの声だったから、僕は心底ほっとした。いつも通り。それが一番だ。僕とリュカはこんな風にこれからもここで一緒に生きていく。波風なんていらない。  ……やっぱりペンダントを渡すのはまた今度にしよう。今日はいつも通りの一日を過ごして、安心したい。だから、僕もいつも通りの声を出した。まだ残る胸騒ぎは、見ないことにして。 「なに?もしかしてリュカ、僕に何かしてくれるの?」  にっと笑ったリュカが、僕の耳元に口を寄せる。うん、僕たちいつも通りだ。大丈夫。大丈夫。 「いい思いさせてやるよ」  耳に息がかかる位置でそう囁かれて、顔から火が出るかと思った。心配も胸騒ぎも、きれいさっぱりどこかへ飛んで行った。 「お前、歩き方おかしいぞ」  分かっているくせに、ふふっと笑ってリュカが僕をからかう。誰のせいだと思ってるんだ。覚悟してよ。もうイけないって泣き言言っても、今日はやめてあげないんだから。

ともだちにシェアしよう!