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元の世界へ

「殿下!!!!」  突然の大声に目を覚ました。そして開けたばかりの目を見開いた。目を疑った。だって、なんで目の前に、ロレントが───。 「ああ殿下!!よかった……!お怪我はありませんか!?お身体は……!?」  突然の展開に頭がついていかない。身体は?と問われて一瞬自分は裸では、と思ったけど、慌てて確かめた手の感触ではちゃんと服を纏っていた。  昨夜リュカと抱き合って、そのまま眠ってしまったから、あれが全部夢でなければ僕は今素っ裸の筈だけど……。いや、夢である筈ない。まだ腰は重だるいし、間違いなくリュカと抱き合った感覚が全身に残っている。ってことは、リュカが着せてくれたのだろうか……。一体どうして……。  というか、リュカは……?あたりを見回しても、ベッドの脇で膝をつく王国の大臣ロレント、玄関の前に立つ二人の兵士以外に人影はない。 「リュカは……?」 「リュカ?……ああ、殿下を保護していたという怪しい男ですか。後で事情聴取を受けさせるつもりでしたのに、いつの間にかどこかに消えてしまったんですよ。殿下、本当にヤツに保護されていたんですか?逃げ出したところを見ると何か後ろめたいことが、」 「やめて!!」  聞くに堪えない言葉の数々に、我慢ならなかった。 「リュカは僕の命の恩人なんだから!リュカがいなきゃ僕は今頃生きていなかった。リュカを批判することは僕が許さない!」 「は、はっ。申し訳ございませんでした」  僕の剣幕に押されたらしいロレントが、「あの者に十分な謝礼を渡すように」と、偉そうに兵士に命令した。そうして僕の顔をちらちら横目に見る。僕の機嫌を取りたいのだろう。 「ささ、殿下参りましょう。王宮で王が首を長くしてお待ちかねです」 「ちょっと、待って。リュカに、ちゃんと話さないと」  本当は帰りたくないと言いたい。突然やってきたこんな現実から目を逸らしたいぐらいだ。けど、これは夢なんかじゃないし、僕はこうして見つかってしまった。戻りたくないけど、寝起きでも分かる。今駄々を捏ねても自体を悪化させるだけだと。彼らが、僕が自分の立場と責任を放棄する事を易々と見逃してくれる筈はないのだから。僕はこの国の王子……ファルーシュ・デルフィアスに、戻らなければならない───。 「殿下、お話とは如何様な……?」 「僕はリュカに自分の身分を明かしていなかったから。ちゃんと、自分の口で説明しないと」 「僭越ながら殿下、あの者に説明は不要にございます。あの者は殿下の事を存じ上げていた様ですので」 「そんな筈ないよ」 「殿下、我々がどうやって殿下を見つけられたか、お分かりになられますか?」 「しらみつぶしに、町を探し回ってた、とか……?」 「当然そのように捜索致しておりましたが、この半年全く成果はなく、王も寝込んでしまうほど毎日嘆いておられました……」 「……心配かけたね。それで、どうしてここが?」 「あの者からここに出入りしている商人を通して情報提供があったのです。最近報償を引き上げたところでしたからな。下賤なあの者はもしかしたらずっとこのタイミングを見計らって……っと、失礼致しましたっ」  僕の顔が強張ったのを、ロレントは何か勘違いしたらしかった。後半、何を言われたのか、殆ど頭に入っていなかったけど、きっとまたリュカに対して失礼な言動をしたのだろう。それはそれで腹が立つから否定はしないでおく。  リュカ、僕の事をいつから知っていたのだろう。───そう言えば、今朝方見た夢。あの時リュカは僕に「レーヴノーブル」って言った。普通の話し言葉で出てくる言葉じゃない。あれが夢でなきゃ、リュカは僕の物語を知っていて……ってことは、あの日、僕とリュカが初めて身体を繋げたあの夜にリュカが読んでいたのはやっぱり僕の物語だった───。 「リュカ、どうして……リュカ……」  リュカに聞きたいどうして、は沢山ある。どうして知っていたのにずっと黙っていたのか。何よりも一番聞きたいのは、どうして僕を国に帰らせる様な事をしたのか。僕は王子の身分なんて捨てて、ただのルーシュとしてリュカとずっとここで暮らしたかった。リュカを愛していたから。リュカも、言葉にはしてくれなくても僕と同じ気持ちなんだって思ってた。思ってたのに、どうして…………。   「帰りましょう、殿下」 「やだ……」 「殿下、」 「嫌だよ、帰らない。リュカと話す。リュカと話せるまで帰らない」 「殿下、なりません」 「いやだ!」 「殿下!」  伸ばされたロレントの手を叩き落とす。いやだいやだと叫んで暴れていたら、ロレントが兵士たちに何か指示を出した。部屋に何人かの屈強な兵士が入ってきて、僕は毛布ごと持ち上げられてしまった。 「いやだ!下ろせ!命令だぞ!」  この国の王子である僕の命令を、兵士は聞いてくれなかった。抱えられたまま玄関を出ると、家の前を多数の兵士が囲んでいた。とても、逃げられない……。無駄だと分かっていても、それでも僕は抵抗を続けた。 「リュカっ!リュカ!どこにいるの!リュカぁ!!」  暴れたせいで、リュカの毛布が地面に落ちた。それを兵士達が容赦なく踏みつける。僕は、やめて!と訴えながら馬車に押し込まれた。すぐさま両側を兵士に挟まれ出られない様にされて、馬車はすぐに走り出した。窓の向こうで、アンリとハンナが心配そうにこちらを見守っているのが小さく見えた。リュカは。リュカもどこかでこの光景を見てるかもしれない。リュカの姿を探して狂ったように僕は左右に頭を動かした。前の席に悠然と座っている大臣が僕を振り返って首を振る。 「リュカ……リュカ……」  どれだけ必死に探しても、リュカの姿は見つけられなかった。お別れも言わせてくれないなんて、そんなの……。ぐすんぐすんと鼻が鳴る。涙が出てくる。リュカ……。  滲む景色が、スラムの汚い街から上層と呼ばれる場所に変わった時、もう戻れないんだという事を強く実感した。強い喪失感に力が抜けていく。 「殿下はあのペテン師に狂わされた様だ……」  ロレントの独り言に怒る力も残っていない。ただただ馬車の揺れに身を任せ、項垂れて泣くことしかできなかった。

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