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彼に会うために 2

「リュカとやらはまだ帰って来ぬのですか」 「……今日は遅いみたいだね」  父王の許しを貰った三日後。僕はロレントとともに十数人の護衛の兵士を引き連れ再びスラムを訪れていた。   リュカの家へと通じる道で、僕と大臣は馬車の中リュカの帰りを待っている。日が落ちかけた頃から今か今かとそわそわ待ち侘びているというのに、待ち人は外が真っ暗になっても帰ってくる気配がない。いつもなら、もう帰って来てる時間なんだけど。  コンコン。馬車の扉が控えめにノックされた。窓から顔を覗かせると、兵士が一人立っている。 「どうかした?」 「っは。ご報告申し上げる様なことではないのかもしれませんが……」 「うん?」 「その、子供が、殿下にお会いしたいと騒いでおりまして……」  子供───。 「アンリ!?」  僕は馬車を飛び出した。アンリに違いない。道を駆け上ると、案の上アンリの声が聞こえてきた。兵士の集団に向かって大声で何やら噛みついている。 「だから、オレはルーシュの友達なの!デンカだかなんだか知らねえけど、話してえことがあんだから会わせろよ!」 「アンリ!」 「っルーシュ!!」  駆け寄る僕の前を、道ができるみたいに兵士が避けていく。ようやく、アンリの姿が見えた。 「アンリ、ごめんね、お別れも何もできなくて……」 「……お前、本当にプランスだったんだな」 「えへへ……」 「水くせえ奴だな!そうならそうと言えよな!」 「うん、ごめん」 「いーけどさあ……」  アンリがどうしてだか、俯いてもじもじしている。僕が王子だと知って物怖じしているのだろうか?いや、そんなタイプじゃないか……。 「リュカに、会いに来たのか……?」 「うん。けどアンリにも会っていこうと思ってたよ」 「……そっか。じゃあお前も知らねえのか……」 「え?」 「リュカはここにいない」 「え……?」 「ルーシュがいなくなってすぐ、リュカもいなくなっちまったんだ。集落の誰も、行方を知らねえ。ルーシュのとこに行ったのかと思ってたけど、そうじゃないんだな……。一体どこ行っちまったんだよ、リュカ……」  周囲の物音が一瞬すべて掻き消えた。リュカが、ここに、いない……?ここに来ればリュカに会える。そう当然の様に思っていた。だから理解が追いつかない。リュカがいない……。 「お、おいルーシュ!」  僕は走った。昼間に一度留守を確認したリュカの家まで。いないと言われたのに、ドアをどんどん叩く。ドアノブを押しても引いても扉は固く閉ざされたままだ。僕は玄関を諦め窓に回って中を覗いた。幸いカーテンは開いている。いつも通りの殺風景で片付いている部屋はワンルームだから死角なくすべて見渡せる。リュカはいない。どこにもいない……。  しらみつぶしに部屋を見ている内、いつもと違う所を一つだけ見つけた。壁に掛けられた完全に乾燥した花冠の隣に、萎れた花冠が飾られていた。花の形が揃ってなくて、隣のものに比べると随分歪だ。あれは、僕がリュカにあげた───。 「リュカ……」  涙が頬を伝った。立っていられる力もなくなって、その場に崩れ落ちる。兵士が慌てて駆け寄ってきても、取り繕うこともできずに僕は泣き続けた。リュカ……リュカ……リュカ……。  リュカの言葉に、態度に、一つも嘘なんてなかった。リュカは僕を、僕がリュカを思うのと同じだけ大切に思ってくれていた。どうして、今になって確信するんだ。どうして……。 * 「リュカを捜さないと」  泣いて、泣いて、少し落ち着いたらようやく自分が今すべきことに思い至った。リュカが自分の意志で姿を消したんじゃない可能性だってある。僕が一番に疑ってかかったのは───。 「これはこれは王子殿下。貴方の様な高貴なお方に訪ねてきていただけるなんて、光栄の極みでございます」  大きな図体を折り曲げてしらじらしい言葉で僕を迎えたのはシダだ。 「あなたに聞きたいことがあります」 「わたくしめにお答えできることでしたら何なりと」 「リュカを捜してるんです。あなたなら何かご存じでは」 「お役に立てず大変心苦しいのですが、あいつの所在についてはわたくしにも分かりかねます」 「本当に?」 「わたくしめが殿下をたばかっていると?心外にございます。そのような畏れ多いことできる道理がございません」  本当だろうか……。  それにしてもまどろっこしい。僕は同行したロレントと数人の兵士に席を外して欲しいと言った。当然の様に反対されたけど、大丈夫だからと押し切って、半ば無理やり部屋から出した。

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