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彼に会うために 3
「これでいいでしょう?普通に話してください」
扉をきっちり締めて鍵まで回すと、シダの顔に張り付いていた気持ち悪い笑顔が消えた。
「……後でいちゃもんつけるのはなしだぜ、王子様」
「当然です」
仮面を剥いでふう、と肩を回したシダがソファにふんぞり返った。
「何を疑ってるのか知らねえが、リュカの行方は俺も知らねえ。ったくあの恩知らず、俺に何の断りもなく姿をくらましやがって」
シダの本当の声色を聞いて、ようやくこの人が言っているのは本当の事だと信じられた。シダに連れ去られてどこかに閉じ込められているわけではない様だ。
「心当たりはありませんか?」
「あれば見つけ出して、今頃きついお灸を据えてるところだ」
何も知らない、という事か……。
「あの。関係があるのかわかりませんが……」
僕は前置きをして、ずっと気になっていたことを話してみることにした。シダの事は嫌いだけど、この人以上にリュカの事を知っている人を、僕は残念ながら知らないから。
「前にリュカが言ってたんです。顔を晒して街を歩くのは、目的があるんだって」
「顔を晒すだあ?」
「はい。顔を隠さないのは、普通の人にとったら当たり前の事でしょうけど、リュカはそうしていると色々面倒な誘いを受ける様だったので……。どうして隠さないのか聞いたら、目的がある、って」
「…………」
腕を組んだまま、シダは黙っていた。やっぱり関係ないのだろうか。思ったけど、目線を一点に据えて何か考えている様なので、僕も黙って返事を待つことにした。
「あいつが顔を隠さなくなったのは、三年前からだ」
「それまでは隠してたんだ……」
「街を歩くときは必ずフードを被ってたな」
三年前と言えば確か……。
「あいつの妹が死んだあとだな」
「……あの、リュカの妹は、ニナは本当に亡くなったんでしょうか……?」
「さあな」
「リュカ、言ったんです。お母さんの眠るお墓にニナはいないって」
シダが徐に煙草に手を伸ばした。火をつけると深く一息吸って、ふうとゆっくり吐き出す。元々空気のよくないビルの一室が、シダの吐き出す紫煙でさらに曇った。
「……あいつは用心深いからな。家族の事なんかは特に話したがらなかった。……三年前のあの日はいつもと様子が違ったな。俺が呼び出さなきゃ絶対に近寄らないここに、あいつの方から訪ねて来てすごい剣幕で言ったんだ、『妹を知らないか』と。折角だし抱こうとしたら全力で逃げられちまった。俺はあいつの顔見るだけでムラムラくるってのによ。だから何日かしてこっちから呼び出した。その時あいつは死にそうな顔で、もう援助はいらないって言ってきた。妹は死んだからって」
「…………」
ニナが死んだ、というのはやっぱり間違いないのだろうか。けどだったらどうして母親と同じお墓に埋葬されていないのだろう。ニナが死んでからリュカが顔を隠さなくなったのはどうしてだろう。シダにニナの行方を聞いたのはどうして……。
「これは推測だが……あいつの妹は誰かに拐われたのかもな」
「拐われ、た」
「だからあいつ、俺を訪ねてきたんだろう。大方、今のお前みたく俺を疑ったんだろうさ」
───お前の家に奴隷はいたか。
───誰かに憎しみの感情を持ち続けるってのは、口で言うほど簡単なことじゃないんだぜ。
───目的があんだよ、一応。
リュカの声が頭の中に甦る。関係ないと思っていた点と点が、線で繋がっていく───。
「奴隷商……」
「あ?」
「リュカは、奴隷商と接触したがってた。それがどういう訳か当時は分からなくて、今の今まで忘れてたけど……」
そう、あれは初めてリュカと出会った時の事。僕からペンダントを奪うために「奴隷商」を騙ったならず者を脅した時のリュカの冷たい眼光は、相手の首を掻き切る事に何の躊躇いもなさそうだった。僕はあの時確かにリュカを怖いと思ったのだ。リュカのことを、あの日出会ったどのならず者よりも危険な人間だ、と認識するほどに。
「あれが、リュカの抱えた憎しみだったんだ……」
どうして、今の今まで気づいてあげられなかったんだろう……。僕はいつもいつも遅すぎる。スラムに来るタイミングだってそうだ。うじうじ悩んでないで、もっと早く決心をつけていれば、リュカに会うことも叶ったかもしれないのに……。
「リュカは自分を囮にしてニナを拐った奴隷商をずっと捜してたんだ。もしかしたらリュカは奴隷商に……っ」
「落ち着け。あいつは奴隷商なんかに簡単に捕まるほど弱くはねえし、間抜けでもねえよ。まあけど、あいつがいなくなった事とその話は、何か関係があるのかもしれねえな……」
「リュカが欲しがってた情報───」
思い出したのは、あの食堂で出会った女の人とのやり取りだ。「あなたが一番欲しがってた情報が手に入った」っていうあれは、もしかしたらニナを拐った奴隷商の情報だったのかもしれない。あの次の日、案の定リュカは一人で夜の街に出かけて行った。そこでリュカは何らかの情報を得て……。
「その女がどこのどいつか分からねえことにはなあ……」
「そうですよね……」
あの人はスラムの住人ではなさそうだったし、どうも遠方からここに来ている様な物言いだった。正直顔もはっきり覚えていないし、あの女の人からリュカの行方を辿るのは難しいかもしれない。
「まあ、俺の方でも探ってみるさ。あいつを俺以外の誰かの奴隷なんかにはしたくねえからな」
まさか、あのシダとこんな風に協力関係になる日が来るなんて思ってもみなかった。けど、背に腹は代えられない。今はリュカを見つけ出すことが第一優先だ。
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