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ペテン師 1

 その後は、王都から頻繁にスラムに通いながら寝る間も惜しんで奴隷商についての情報を集める日々が続いた。  街の事情に詳しいシダの助けも借りながら、あの港のスラムに出入りしている奴隷商をしらみ潰しに調べ尽くしたけれど、ニナを拐ったと思われる組織もその手掛かりもまだ掴めていない。そもそもシダはあの街(彼はシマと呼んでいた)での人拐いを許しておらず、そんな彼が出入りを許した奴隷商は、一応真っ当な商売をしている組織ばかりだった。つまり、禁じられているデルフィア人奴隷を扱わない組織ということだ。  シダは、滅多にここに立ち寄る事のない流れの奴隷商の仕業だろうと言っている。僕は知らなかったけれど、桃色の髪をした人間は、奴隷としての価値が高いらしい。その……目的の奴隷として(あまりに胸糞の悪い話だ)。シダの推測が正しければ、長年囮になり続けたリュカが目的の奴隷商と恐らくは一度も出会わなかった事にも頷ける。けれど、それはつまり手掛かりが一切ない所からニナを拐った組織を見つけなければならないということで、広大な国土を持つデルフィアでそれをやってのけるのは、干し草の中から針を見つけるくらいに途方もないことだ。  今日も一日馬車に揺られスラムまでやって来た。明確な目的はないけれど、動いていないと不安で心配で押しつぶされそうになるのだ。このままの捜索方法で目的の奴隷商に辿り着く事はできるのだろうか。果たしてリュカは無事なんだろうか……。  リュカの居場所はおろかその生死すら分からない現状は、正直言って気が狂いそうだ。こんなに毎日リュカの事ばかり考えているのに何の手掛かりも掴めないのがあまりにもどかしくて、悔しくて、辛くて、苦しくて、神にも縋りたい。僕の足がそこに向いたのは、そんな理由でだった。  スラムの街を見下ろせる丘の上にその姿を見つけた時、初めは幻だと思った。リュカに会いたくて会いたくて、その気持ちが見せた幻影だと。 「リュカ……」  だから、小さく呟いた僕の声に、相手が反応するなんて思ってなかった。いや、正確には僕の声はこの距離で届くほど大きな声ではなかったから、リュカがこっちを振り向いたのは、人の気配を感じたためだったのだろう。  ルーシュ。花束を手にしたリュカの口がそんな風に動いた。こんなにリアルなら、幻でもなんでもいい。 「リュカ!!!!」  僕は相変わらず父に言いつけられて同行しているロレントを残して丘を駆け登った。逃げられたらどうしよう。僕の足でリュカに追いつけるだろうか。そもそも、本物のリュカだろうか。色々な考えが頭を駆け巡ったけれど、僕が危惧したことは何も起こらなかった。リュカは本物のリュカで消えたりしなかったし、幸い逃げ出したりもしなかった。 「何でここに」  リュカは目を丸くしていた。 「何で……って、リュカを捜して、に、決まってるじゃないか」  息を切らせながら言う。言いたい事、聞きたいことは山ほどあるのに息が続かない。王宮に戻ってから、また自分の足で歩くことが少なくなっていた。運動不足をこんなところで実感する。 「何でだよ」 「何でって……そんなのリュカが心配だからに、」 「関係ねえだろ」  会いたいと願って、願って、ようやく再会できたって言うのに、思いがけずリュカの声が冷たくて僕は言葉を失った。 「お前は王子様で、俺はスラムの人間だ。お前に心配してもらう理由なんかひとつもねえよ」 「どうしてそんな事言うの?心配して当然じゃないか。確かに僕はこの国の王子だよ。黙ってたことは謝る。君に嫌われるんじゃないかと思って言えなかったんだ。……けど、リュカは知ってたんじゃないの?知った後だって、僕に変わらず接してくれてたのに、」 「ああ、間違いだった」 「え……」 「お前と俺は住む世界が違うんだよ。お前にはお前のやるべきことがあるんじゃないのか。こんな所で油売ってないで、さっさと元の世界に帰りな、王子様」  リュカは一息に言ってふいっと僕から視線を逸らすと、手にしていた立派な花束を墓石の前に供えて手を合わせた。目を伏せたその横顔は相変わらず綺麗で、胸の前で手を組むリュカの姿は美しく神秘的で、そんな場合じゃないのに思わず黙ったまま見とれてしまう。  静謐と言える様なその時間を終えてリュカが目を開けた。同時に僕も目が覚める様に我に返る。 「ね、ねえリュカ、今どこにいるの?」 「お前には関係ねえ」 「関係あるよ!僕はリュカのこと、」 「忘れろ。ここでのことは、全部忘れろ。間違いだったんだ、全部」  え─────。

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