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ペテン師 2

 あんまり静かに、何の感慨もなく言われたせいで、何を言われたか理解するのに時間がかかった。理解した途端、かーっと頭が熱くなる。 「忘れられるわけないじゃないか!酷い……。酷いよ、リュカ!」 「……ごめんな」 「違う!そんな言葉を聞きたいんじゃないよ!僕はリュカが好きだ!あの頃も、今も変わらず好きなんだ!」  追いついたロレントが会話が聞こえる距離にいる事は分かっていたけど、伝えずにはいられなかった。 「リュカだって僕を好きだったでしょう?言葉にしてくれなくても、僕はそう感じてたよ。僕の勘違いじゃないよね?嘘じゃないよね?ねえ、何とか言ってよ、リュカ!」 「……うそだ」 「え……」 「嘘だよ。全部」  う、そ? 「金が必要だったんだ。お前を保護しておけば謝礼が頂けると思ってな。おかげで、ここでの生活から抜け出せたよ。助かったぜ、本当に」  お金……の、ため……?  リュカの口調はいつになく軽薄だ。僕とリュカが初めて身体を合わせた次の日、静かに絶望させられたあの時に聞いた声の響きを思い出してしまって、あの時みたく急速に目の前の色が失われていく。 「そんなの……うそだ……」  全部全部、お金目当てだったって言うの?そんなの嘘だ。リュカと笑い合って、抱き合って、一緒に暮らしたあの日々が全部まやかしだったなんて、そんなの……。 「うそだよね、リュカ?」 「……悪いな。これが俺の本性だ。全部、悪い夢だったと思って忘れちまえよ」  これが、リュカの本性……。全部、わるい夢、だった……。全身からへなへなと力が抜けていく。ぐしゃっと音がして、地面に膝をついてしまった事に気が付いた。 「じゃあな、王子様」  このままじゃリュカが行ってしまう。どこか、僕の知らないところに。聞きたいことを何も聞けていないし、そもそも伝えたかった御礼も、爵位を授ける話も、何もできていない。それなのに、身体が動かなかった。リュカと過ごした日々が全部嘘だったと言われた絶望が僕の肩に、全身に伸し掛かって、喉も押しつぶされ声も出なかった。こんなに深い絶望のどん底に突き落とされたのは、生まれて初めてだった。このまま絶望に追いやられ、土に埋まって消えてしまってもいい。そう思うくらい、苦しかった。 「てめえは正真正銘のバカか!」 「お、おぬし、殿下になんて口を……」  まだ膝を土にめり込ませたままの僕に暴言を吐いたのはシダで、それを驚いて窘めているのがロレントだ。どうも、これまでの経緯をほとんどすべて知っているロレントが、兵士の足を借りてシダをここに呼び出したらしい。僕はただただぼーっとしていて関知していない。 「それで、リュカはどこに……どっちの方向に行きやがった!?」 「……そ、そこの丘を下って行ったぞ」 「っかー!使えねえなてめえら!大事なのはその先だろ!頭数だけあっても無能揃いか?ひとりくらい後を尾けさせろよ!」 「っな!我々の兵は、殿下を守るために同行しているのであってだな、リュカとやらを尾ける義務は、」 「あー、もういい!おいルーシュ!ぼけっとしてんじゃねえぞ!くそっ!折角リュカを捕まえるチャンスだったってのに、それをみすみす棒に振りやがって!!!!」  シダにぎゃんぎゃ吠えられて、ようやく少しずつ周りが見えてきた。偶然にもリュカと出会えたのに、足止めすることもできずにただここに蹲ったままだったふがいない自分の事も。 「リュカ……どこに行っちゃったんだろう……」 「てめえが言うか!?」 「ごめん、シダ。ごめんね……」  リュカの行方を捜す。それが僕とシダの共通目的だった。僕はみすみすリュカを逃がしてしまった。怒られて当然だ。 「ったく、ちっとは骨があんのかと思ってたが、結局てめえは箱入りの甘ちゃんだったって訳か。リュカに何言われたか知らねえが、全部鵜呑みにしてまんまと騙されやがって!」  騙された?騙されてたの間違いだ。リュカが欲しかったのは僕じゃなくお金だった。スラムを出るため。リュカの元々の目的である、奴隷商を捜すため。  シダは周辺を捜すと言って姿を消した。僕はようやく立ち上がるとふらふらと馬車に乗り込んだ。 「あの若者は、ペテン師などではなかったのだな……」  僕の隣で腕組をしたロレントが独り言を呟いた。何を言ってるのだろう。「ペテン師だった」の間違いだよ。お金欲しさに僕を騙してたんだから。

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