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手掛かり

 その日も、ロレントを伴ってスラムへ行く予定だった。  ロレントには国の運営を支える大事な役目があるのに、毎回僕に付き添わせていいのかと、一度父王に問うたことがある。 「ロレントには私の代わりにお前と同じものを見てきて貰いたいのだ。そして、近い将来お前に王位が移った時、お前の一番の理解者となってこの国を支えてもらいたい」  父にそう言われ、僕は父王の父親としての偉大さを思い知った。父は、良くも悪くも強引で革新的だった祖父とは違い、気の優しい王だ。日和見。風見鶏。そういう見方もされがちだが、頭の固かった祖父とは違い柔軟な思考を持っている。僕は祖父に似て頑固で頭が固いから、父の様な柔らかい考え方を務めて見習わなければならないと思う。港のスラムをあんな状態にした祖父みたいな独裁者になってはいけないと思うから。  馬車へ乗るため、ロレントと兵士を伴って城門を出た時、すれ違った黒服の男の何かが気に掛かった。 「ちょっと君、止まって!」  何が気になったのか分からないまま、けれどどうしてもそのまま素通りすることができずに呼び止めた。 「何ですかな?」  男が首だけで振り返る。旅装束の僕が王子であることは分かっていない様だ。口調からも、兵士を伴っていることから必要最低限の礼は尽くしたと言った感じだ。  知らない顔だ。僕は一体何が気に掛かったのだろうか。 「急いでいるんですが」  男が苛立った様子で言う。やっぱり、どうしても気になる、この人。  「……王宮には何用で?」 「言う必要が?」 「先ほどから無礼な!直れ!このお方はデルフィアの王子殿下であるぞ!」  見かねたロレントが言うなり、男は慌てて姿勢を正した。僕の正面に向き直り、膝をつく。黒い服の合わせに並んだ漆黒のボタンがきらりと光った。これは────。 「大変失礼をいたしました王子殿下。どうか、お許しを」 「その、ボタンは……」 「は……?」 「上着のボタンを見せて!」 「ぼたん……?こ、これでしょうか……?」 「早く!」 「は、はい!」  男は何が何だか分からないと言う顔をしていた。それはそうだ。いきなり王子からボタンを見せろと言われては驚かない訳はない。男が立ち上がり、いそいそと上着を脱いだ。また膝をついて恭しく差し上げられるそれをひっつかんで確かめる。黒くて大きなボタン。特徴的な細工。やっぱり、間違いない。これはリュカがクローゼットの引き出し中に大事に仕舞っていたあのボタンと同じものだ。 「ロレント、今日のスラム行きは中止だ。この者に詳しく話を聞きたい。僕の部屋まで一緒に来てもらえますか?」  男に向かって言うこれは質問の形を借りた命令だ。逃がさない、絶対に。リュカの足取りを追えるかもしれない手掛かりがようやく見つかったのだから。

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