91 / 115

事情聴取 1

 護衛の為の近衛兵だけをつけて、僕は部屋で男と向き合っている。男はまだ何が何だか分からないという顔をしていた。僕は男の口の滑りをよくするために、椅子に掛けさせ紅茶と茶菓子を振舞った。敵意はない、そう伝えるために。 「お忙しいでしょうに、突然申し訳ありません」 「そ、その様なお言葉は私ごときには勿体なくございます」 「そう肩肘を張らないで、リラックスして欲しい。少し、君について教えて欲しいだけなんだ」 「は……はあ……」 「まずはお茶でも飲んでよ」 「は……いただきます」  男が緊張した面持ちでカップに口をつけた。僕が普通の少年だったら舐められて話を聞かせて貰える機会さえ貰えないだろうけど、王子という立場も、必要以上に相手の緊張や警戒を招くからそれはそれで本音を聞き出しにくいものだ。彼が軽率な人物であることを願おう。 「単刀直入に聞くけど、君は奴隷商?」  男が茶をむせかけた。これは間違いない。ビンゴだ。手が震える。漸く見つけた確かな手がかりに、武者震いが止まらない。変だと想われない様に、身体に力を込めてなんとか震えを鎮める。 「あ、あの……」 「安心して。僕は父とは違う考えを持っているから」 「……と、言いますと……」 「僕は奴隷制度を肯定しているってこと」 「は……そ、そうですか……」 「うん。だって奴隷がいないと困るでしょ?誰が道を作るの?誰が橋を作るの?お父様は全く考えなしなんだから」 「は……はあ」  男はまだ警戒心を解いてはいないものの、僕を探るような視線をチラチラ寄越している。本当に僕から同じ臭いがするかどうかを、嗅ぎわけようとしているみたいに。 「それで、今日は何しにここに来たの?」 「は、あの、実は嘆願に……」 「嘆願?」 「は。奴隷を減らすよう勅命をいただいているのですが、それでは困るという声があちこちから上がっておりまして。それで、奴隷制度縮小に反対する者たちの声を、王にお届けできたらいいな、と……」 「そうなんだ。君たちも板挟みで大変だね」 「は。ありがたきお言葉」 「僕も、奴隷がいなくなったら困るな」 「そ、そうでございますか」  気付かれない様に短く素早く、けど思いっきり息を吸った。これから僕は最低の自分を演じる。相変わらず当たり障りのない返事しか返さない男に、同類と認めて貰うために。 「あのね、知り合いの貴族の家に、肌の白い奴隷の女の子がいたんだ。……羨ましいなあって思って」 「は、肌の白い……でございますか……」 「そう。ねえ、君の所は、そういうのも扱ってるの?」 「そ、それはデルフィア人という意味でしょうか……?」 「そう」 「あの、デルフィア人の売買は、禁じられておりますので……」 「そんなの知ってるよ。けど、抜け道はあるんでしょ?」 「どう、なんでしょうか。ある、かもしれませんが、生憎わたくしは、」 「僕この間成人になったんだ。お父様には内緒で、奴隷を一人や二人飼いたいと思ってるんだけど、君の所に頼めない?」 「で、殿下が買ってくださると……?」 「そうだよ。ここにいたら、君みたいな人と知り合える機会なんてそうないから、このチャンスを逃したくないんだよ」  男の目が泳ぐ。次期王である僕にコネを作っておくべきか、それとも、いつか足下をすくわれない為に知らぬ存ぜぬで通すか、のニ択で悩んでいるようだ。僕は、自分にできる一番悪い顔でにへらと口を歪めた。 「英雄色を好むっていうでしょ?今の王……父にはそれが足りないと思わない?子供がひとりだけっていうのは、まあ僕にとっては都合がよかったけど、王としてはあり得ないよね。僕は当然、妻をたくさん娶るし、女に不自由はしないだろう。けど、大事に扱わなきゃならない貴族の女ばかり相手にしててもつまらないんだ。僕は欲張りでね。乱暴に扱って万が一壊してしまっても、誰も文句を言わない相手とのプレイも、楽しみたいんだよ」  演じているとはいえ、あまりに最低な言葉にヘドが出そうだ。けど、男は違った。ようやく僕を同類と認めてくれた様で、さっきまでとは違う目付きでニヤリと口元を歪ませた。 「殿下は野心家でいらっしゃる……。どのようなタイプがお好みでしょう?殿下のお眼鏡に適う様な最高の奴隷をご用意致しますよ」 「まずデルフィア人。それだけは譲れないな」 「ええ大丈夫です。ここだけの話、うちはデルフィア人しか扱っておりませんので」  男は内緒話をする時みたいに口元に手を当てて茶目っ気たっぷりに言った。僕はどうしても顔が歪んでしまうのを誤魔化す為に男を真似てニヤリと笑ってみせる。 「そう、よかった。じゃあ、若くて綺麗で、桃色の髪の子がいいな」 「桃色の髪……ですか。流石殿下はお目が高い。ピンクは色欲の色とも言うでしょう?なので愛玩用としてかなり人気がありまして、」 「で、いるの?」  少しの期待と大きな不安に気が急いて、思わず前のめりになってしまった。ニナの事を確かめたい気持ちも当然あったけど、一番知りたいのはリュカのことだ。シダはああ言ったけど、この組織に近づいたリュカが逆に捕まってる可能性だってあると僕は思っている。いくらリュカが強くても賢くても、大勢に囲まれたりしたら逃げ出すことはできないだろうし……。 「それが、人気に反してピンク髪はかなり稀少でして……滅多に入荷しなくてですね、」 「いるかいないかを聞いてるんだ」 「申し訳ございません。今うちの在庫にピンク髪は……。ですが、それ以外でしたらご希望に添えると思います!うちは若くて見目のいい商品しか取り扱っておりませんので!」 「……女の子じゃなくても、いいんだ。桃色の髪の男、いない?」 「おや、殿下はその様なご趣味もおありなのですね。それであれば貴族の女では満足できますまい。当然、うちでは若くて見目のいい男も取り扱っております。が、ご期待にお応えできず恐縮ですが、男も含めて今ピンク髪はいないんです」 「もしかして、売ったばかりとかじゃないよね?」 「そうであれば直ぐにでも買い戻して殿下に献上したいところですが、生憎ここ3年程ピンク髪は……」 「そう……なんですか……」  正直、ほっとした。もしもそこにいればリュカの居場所を確実に掴めて、確実に会えるって事だけど、それは同時にリュカが酷い目に遭わされてるって事でもあるから。そんなのはやっぱり嫌だ。耐えられない。 「他の組織を当たられても、ピンク髪には滅多に出会えないと思いますよ。ピンク髪とは名ばかりの赤髪や、ピンクはピンクでも容姿の崩れた粗悪品を掴ませてくる悪質な組織もあると聞きます。うちはそういう事はしません。お客様に喜んでいただける商品だけを厳選致しておりますので」  男は何を勘違いしたのか、早口でセールストークを捲し立ててた。 「三年前に捕まえたピンク髪の少女は、容姿スタイル共にそれはもう極上でした……。ああいうのが扱えるのは、恐らくうちだけです。他の組織は、見目が悪くて売れ残ったデルフィア人奴隷を掛け合わせて奴隷を作り出したりもしておりますが、うちが扱うのは厳選した天然物だけ。奴隷のレベルが他と違うんです。ああ……あの少女を殿下に献上できたらよかったのですが……」 「ピンク髪の、少女……」 「北の港のスラムで私が捕まえました。そこに住んでるピンク髪のガキを拐ってこいと、さる貴族に依頼されておりまして。やはり珍しいですからね、指定されたそのスラムで探しはしましたが、何年も見つかりませんでしたよ。それがある時、偶然立ち寄った町はずれの集落で見つけたんですよ。ピンク髪ってだけで高くつくのに、容姿も一級品のその少女を」

ともだちにシェアしよう!