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貴賓室

 父王への報告とリュカの罪に関する一切を僕に任せてもらうという約束を取り付け、リュカのいる部屋を訪れた。ノックをしたら待ってましたと言わんばかりにすぐにドアが開いて、口をへの字に曲げたリュカが顔を出した。 「これはどういう事だ王子様」 「えっと、リュカ、この部屋あんまり気に入らなかった……?」 「そういう意味じゃねえ!」  怒鳴った直後、リュカは顔色を変えて辺りを見回した。僕もつられてきょろきょろしたら、リュカの部屋のドアの前に立たせている僕の近衛兵の雰囲気がピリついていた。 「いいんだ。この人は僕のたいせ、」  大切な人だから。そう言いたかったのに、リュカに強引に腕を引かれて中に引き入れられた。ぱたんとドアが閉まると同時に、リュカが大きなため息をついた。 「お前な、分かってんのか。俺は重罪人。こんな事してたら足元掬われるぞ」 「え、どうして?」 「俺みたいな人間にしっぽ振るなって言ってるんだ」 「リュカみたいな人間って?」 「はあ?わかんだろ。スラム育ちの卑しい身分でしかも連続殺人犯。そんなつまんねえやつの機嫌取ってないで、さっさと牢屋にぶちこみやがれ」 「いやだよ。リュカを牢屋に入れたりなんかしない」 「おいおい、お前はこの国の王子様なんだろ。公私混同は立場がねえぞ」 「リュカが殺したのはみんな重罪人だ。リュカがやらなきゃ僕が処刑してた」 「それでもこの国の法では、」 「いいの、公私混同で。僕はこの国で二番目に偉いんだから、僕が法律なの」 「だからっ!そういうので足元掬われるって言ってんだろ!」  怒鳴り声を上げたリュカが、またため息をついた。気持ちを落ち着けようとするみたいに、ぽすんと大きな天蓋付きのベッドに腰を下ろす。 「お前には、叶えたい夢があんだろ。こんなつまんねえことで信頼失ってちゃ、成せるものも成せなくなるぞ」 「夢……って、リュカやっぱり僕の物語を……。けど、どうして読めたの?」 「どうして?だって自分の知ってる事が書かれてるんだぜ?そりゃあ読めねえもんも読めるさ。分かんねえ単語だって、音で想像すればある程度予測はつくしな」  確かに、言われてみればそうだ。僕の物語は、僕が家出してリュカと出会う所から始まっている。単語を知らなくても、文章を読んだことがなくても、知ってる話であれば簡単に頭に入ってきて当然だ。 「そうだったんだ……。知ってたなら、言ってくれればよかったのに」 「その言葉、そのままお前に返すぜ」  なんかこのやり取り、覚えがあるような……。スラムで過ごしたあの頃を振り返っていると、胸がきゅーっと締め付けられる。突然やってきたリュカとの別れ。それから、リュカの気持ちとリュカの行方を探る苦しい日々。 「リュカ……会いたかった」  ベッドに腰掛けるリュカのすぐ前に立って言う。本当はもっと早くこの言葉を伝えたかった。ずっとずっと、リュカに言いたかったことだ。  リュカは視線を逸らすと、立ち上がって僕から逃げるように窓際まで移動した。 「リュカ……」  追いかけて、背後からリュカの身体を抱き締める。リュカは柄になくびくっと震えて身体を縮こませた。 「リュカ、すきだよ。僕はリュカがすき」  何があっても、リュカがどんな人でも、たとえその手が血に染まっていようと、僕はリュカが好き。だから───。 「お前……目的はこれか?」 「え……?」  リュカが首を回して僕を振り返った。その口元に妖艶な微笑みを浮かべて。 「また俺を抱きたいのか?」 「え……っと、それは……」 「だったら別にこんな機嫌取りしなくても好きなだけ抱かせてやるよ。牢屋からお前の部屋まで通ってやる」 「そ、そんな風に言わないで!僕はそういうつもりじゃ……」 「なあ王子サマ。いい加減気づけよ。お前と俺じゃ釣り合わねえんだ。俺じゃあ、逆立ちしたってお前に相応しい相手にはなれねえよ。だからさ、処刑まではせいぜい娼婦代わりに使ってくれ」  思わず、僕は抱きしめていた身体を離して後ずさりしていた。リュカは僕を振り返ると、顎を上げて腕を組んだ。そうやって相手を見下す様な態度を取って、仕上げみたいに皮肉な笑みを浮かべた。 「幻滅した……って顔してんぞ」 「ち……ちがうよ……」 「違わねえ。お前さあ、俺をなんだと思ってんの?現実を見ろよ。スラム生まれの穢い犯罪者に夢見てんじゃねえぞ」 「違うってば!」  違う。僕はリュカが嫌いになったんじゃない。リュカに幻滅なんてしてないし、ちゃんと、ありのままのリュカを好きになったって自信を持って言える。僕はただ、リュカにあんなことを言わせる行動をとってしまった自分を恥じたのだ。逃げるように後ずさってしまったのは、ただそれだけの理由だ。 「僕は、リュカがすきだよ。すきだから、触れたいし抱き締めたかった。僕の気持ちは、ただそれだけなんだ。誤解させるような事してごめんね。僕、もうリュカに触らない。僕の気持ちを信じてくれるまで、何もしないから……」 「じゃあなおさら用なしだな、俺。さっさと処刑してくれよ、王子様」  相変わらず微笑みを貼り付けた顔でそう言われて、僕はさらに後ずさりした。───リュカが何を考えているのかさっぱり分からない。こんなはずじゃなかった。どうしてそんな酷い事ばかり言うの。僕がリュカを処刑するはずないのに。僕はただ、リュカを好きなだけなのに。 「ごめんリュカ。僕、頭の中ぐちゃぐちゃだ……。また、来るから」  情けなくも、僕は冷酷な微笑を浮かべるリュカから逃げ出した。それでも、リュカのいる貴賓室の扉の前の近衛兵に「しっかり見張りするように」と言いつけることは忘れなかった。またリュカを失うのだけは嫌だ。残酷な事ばかりしか言わない冷たいリュカだとしても、僕の手の届くところから出したくなかった。例え、リュカが僕を拒んでも。

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