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アップルティー 1
「リュカは、僕が嫌い?」
着替えとして用意されたものだろう。襟のついた服を身に着けたリュカは、格式の高いどこかの貴族と見まごう程だ。元から素材がいいから、かっちりとした服はお世辞でなく似合っている、とても。ボタンを胸元まできっちり留めて、片足を椅子の上に上げたりせずに両足をきちんと揃えて、腕は背凭れに掛けず、背中を丸めずにピンと伸ばしてさえいれば、おそらくはもっと様になっただろう。
「まさかそんな。王子様を嫌うなんて、滅相もございません」
そんなだらしない姿勢のまま口調だけ取り繕うのは、慇懃無礼の極みだと思う。リュカのことだから、狙ってやっているのだろう。
一晩頭を冷やして、思ったのだ。リュカは僕に嫌われたがってるんじゃないかって。そう思えば、リュカの昨日の態度は腑に落ちる。理由は、リュカのことだ。きっと自分が僕に相応しいとかそうでないとか、そんな下らないものだろう。
「僕ね、リュカにそういう態度取られる度に、王子をやめたくなるんだ」
「そりゃ困る」
「ううん、いっそ王子やめちゃおうかな?やめて、リュカと一緒にスラムのあの家に住むんだ」
「おいおい冗談きついぞ」
「冗談だと思う?」
僕は真剣な眼差しでリュカを見つめた。リュカは、早々に僕から視線を逸らして白旗を掲げた。
「僕は冗談とか遊び半分でリュカを想ってる訳じゃないし、リュカの身分を見下したことだってないよ。それだけは分かっていて」
リュカは視線を下げたまま、何も答えてはくれない。想定は、してたけどさ……。
「さ、お茶にしようか」
今日は気分を変えて、リュカとティータイムをと思い、侍女に紅茶と焼き菓子を用意させている。部屋の前で待機してくれている彼女を中へ通して、テーブルの上にティーセットを用意して貰った。
「ありがとう、下がっていいよ」
「……はい」
この侍女は、僕に助けを求めてきた元奴隷の女の子だ。今は主にリュカの身の回りの世話を任せている。昨日は湯浴みの際、服の脱ぎ着や入浴の手伝いをしようとしたら、リュカに追い払われたと言って落ち込んでいた。
僕や大抵の貴族は侍女に手伝ってもらうのが当たり前のことでも、リュカにとっては当たり前じゃない。きっと君が嫌いなんじゃなくて、本気で驚いたんだと思う。そう、侍女に教えてあげたら、彼女は「私と同じなんですね」と笑っていた。彼女も貧民街出身で、奴隷商に拐われた身だったから。
「どうかな?」
カップに口をつけたリュカに、前のめりで訊ねる。今日は僕の好きな茶葉を選んだ。アップルティーだ。リュカの口にも合うといいんだけど。
「……あのさ、俺はいつまでここでもてなされてなきゃなんねえの」
リュカは僕が聞きたかったお茶の感想は寄越さずに、口をへの字に曲げてそう言った。
「リュカが望んでくれるなら、いつまででもおもてなしするよ」
「じゃあ俺が望めばここを出て行くこともできんのか?」
「それは……」
そう言われると痛い。答えはノーだから。僕は決めてる。リュカが望もうと望むまいと、リュカをこの王宮に住まわそうと。リュカがそれを望んでくれれば一番いいけれど、望まない場合は則ちただの監禁になってしまう。部屋の前に厳重に見張りをつけて、地上5階の部屋に閉じ込めているのだ。現段階では実質監禁でしかないのだけれど、「そうだ」と面と向かって断言するのはどうしても抵抗がある。
なんて答えるのがいいだろう。考えても考えても見つからない。……見つかる筈なんかなかった。僕とリュカ、二人ともが納得できる答えがあるのなら、そもそもこんな風にリュカを閉じ込めておく必要はないのだから。
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