96 / 115

アップルティー 2

「あのメイド、元奴隷だったんだってな」  思わず頭を抱えそうになる程悩んでいた僕の気を知ってか知らずか、リュカがあっけらかんとした声でそう言った。見るとモグモグ焼き菓子まで食べている。そんな呑気さにつられて、僕も張っていた気が抜けていく。 「リュカ、なんで知ってるの?」 「昨日、本人が言ってたから」 「す、すごいねリュカ、さすが……」 「さすが?」 「彼女、口数が少ないでしょ?」 「そうか?そうでもねえぞ」 「それは、リュカが女たらしだから……」 「お前にだけは言われたくねえな」 「何で?僕は誰もたらしこんでないよ」 「自覚がねえのが一番罪だよな」  どういう意味だろう。クロエがリュカに向けていた様な好意を、僕はこれまで誰にも向けられたことないんだけどな……。 「お前、やっぱいい人間だよな」 「え……?」 「あの子、お前が助けてやったんだろ」 「あ……うん。けど、あの子と出会うまで僕、奴隷のこと何にも知らなくて……」 「けど、知ったあとすぐ行動に移したんだろ。立派だよ。なかなかできることじゃない」  わ……。今僕、リュカに手放しで褒められた……?立派だって……。うわあ。顔が熱い。 「お前が王様になれば、この国も少しは暮らしやすくなると思うぜ」 「そう、かな……?」 「ああ。だからさ、お前は王子やめるなんて言うな。夢を叶えろ。レーヴノーブルを、さ」 「……恥ずかしいな。僕だってあんなの夢物語だって分かってる」 「そうか?志は高くないと意味ねえだろ。お前はこの国の王になる人間なんだから。叶えられないことなんかねえよ」  叶えられない事はない……。本当にそうだろうか。だったら、リュカの事は……?リュカにずっとそばにいて欲しいって僕の夢も、どんな手を使ってでも叶えていいのかな……。 「お前はすげえよ。俺は、あいつらを三年かけてようやく探し出して、けどちまちま一人ずつ殺す事しかできなかった。それをお前は一瞬で組織ごと壊滅させた。ほんと、自分の無力さを思い知ったね」 「そう言うなら、僕はリュカよりももっともっと人殺しだね」 「なんで?」 「だって、あの組織を潰す時、僕の指揮で抵抗する組員を沢山殺したよ。直接手を下してなくても、僕が殺したようなものでしょ?」 「……ふん、物は言い様だな」 「だからさ、リュカが一人で罪の意識を背負う必要なんかないんだ。あいつらは殺されても仕方ない悪人だったんだから」 「それをお前が言っちゃだめだろ」  リュカは困った顔してそう言ったけど、本気で不満そうではなかった。 「僕が言うことに意味があるんだよ。この国で二番目に偉い僕がね」 「お前、せいぜい本性を知られない様にしろよ」 「何も公明正大な王が優れてるとは限らないでしょ。誰に何を言われても、僕は僕が信じた者を優遇するよ。信じた人の……リュカのすることなら、それが正義だって僕は確信してる」 「正義……?ばかだな、お前。俺はそんな人間じゃねえよ」  リュカが吐き捨てた。自分に失望している、とでも言うみたいに。

ともだちにシェアしよう!