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アップルティー 3

「知ってるよ。リュカはニナの仇を討ったんだって」  リュカが目を瞠った。 「僕だってそうだよ。リュカのためにあの組織を潰した。国のために動いたんじゃなくて、ただの私怨でね」 「お前、なんでそれ……」 「リュカの行方を探る内に、知ったんだ。ニナの事も、奴隷商の事も。あのお墓で、リュカは僕に全部嘘だったって、忘れろって言ったけど、それでも僕はずっとリュカの事探してたんだよ。あの時はまんまと騙されちゃったけど……今はそんなの嘘っぱちだって分かってる。リュカはいつも僕を想ってくれてた。だから僕を遠ざけようとしたんだよね?」  目を丸くするリュカに、あの奴隷商と偶然出会ったこと、奴らの手口をすべて吐かせた事、そして、奴に聞かされたニナの事……全部を包み隠さず話した。リュカの表情は驚きから途中で苦痛へと変わって、最後にはいつもの静かな表情へと戻った。ニナが既に死んでいることは、想定していたのだろう。それでも、こうして事実として聞かされるのは相当辛かったと思う。僕も、辛かった。リュカに苦痛を強いるのは忍びなかった。けど、それでも知った以上、話すのが僕の義務だと思ったのだ。オブラートに包んで取り繕うのは簡単だけど、リュカはそれを望む人じゃないから。 「……お前はほんとすげえな。そうやってあっさり真実にたどり着くんだから」 「リュカに会いたいって執念が実を結んだんだよ」 「お前はきっと、神様に愛されてるんだな」 「そうかな?」  今まで自分はツイてるとかそんな風に思ったことはなかったけど、言われてみればそうかもしれない。あのスラムで僕は命を落としてもおかしくなかったのに、リュカに救われた。思えばそれが、僕にとって一番の幸運だった。そして、こうしてまたリュカと出会えたことだってそうだ。偶然が重なったと言ってしまえばそうだけど、その偶然が僕の元にやってきたのは、神様の采配だったのかもしれない。 「神様からも後押しされてるんだね、僕たち」 「は?」 「だって、神様が僕とリュカを出会わせてくれたんだよ。リュカもそういう意味で言ったんでしょ?」 「ちげーよ。ただ、お前の望みは叶うんだって言いたかっただけ」  「じゃあ、僕とリュカは結ばれる運命だね」  リュカが、はぁ、と大きなため息をついた。 「お前は不思議な奴だな。情けなくて変な奴だと思ってたのに、意外と度胸あって頑固だし、純粋かと思ってたらかなりスケベで腹黒の策略家だしな」 「うーん。それ、もしかして貶されてる?」 「いや、褒めてるぜ」 「褒められた気がしないんだけど」 「そうか?けど、まっすぐで綺麗な人間だって印象だけは、最初から変わんねえな」  うん。今のは、褒められた。すごく、嬉しい。けど。 「キレイなのはリュカだよ。リュカはね、澄んだ水みたい」 「は?水?」 「うん。透明で、匂いもなくて、掴ませてくれない。キラキラして透き通っててすごく綺麗だからみんな求めるんだけど、誰も掴めないんだ。しかも、油断したらどこかへ流れてあっという間に消えちゃう。だから、僕は自分のコップに入れておくことにした。キレイな僕の水が、どこにも流れていかない様に」 「……なんか、ちょっと怖えんだけど……」 「あはは、なーんてね」  やっぱり表立っては言えないけれど、今僕はコップじゃなく、貴賓室にリュカを閉じ込めてる。リュカが今もさっきもその事について深く僕を追求しようとしなかったのは、恐らくはリュカが罪の意識を背負っているからだろう。リュカに「罪を背負わなくていい」なんて言いながら、結果的にその存在をちゃっかり利用する形になっている僕は、確かにリュカの言う通り腹黒い策略家なのかもしれない。

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