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アールグレイ 1

「今日は定番のアールグレイにしたんだ」  侍女がティーポットを傾けると、ベルガモットの爽やかで甘い柑橘の香りが部屋中に広がった。  僕は毎日欠かさず、ティータイムにはリュカの部屋を訪れることにしている。暗くなってから訪れるのは、流石に露骨だと思うから。  初めの頃は「牢屋に入れろ」と煩かったリュカも、最近はようやくその手の文句を言わなくなった。ここでの暮らしを受け入れる気になってくれたのかもしれない。……そうであって欲しいな。 「いい香りだね。……うん、美味しい。リュカも飲んでみて」  僕に促されて、リュカがカップを傾ける。 「どう?」 「どうって言われても、わかんねえ」 「リュカはどのお茶が好み?」 「さあ。別になんでもいい」 「そっか。好みのお茶が見つかったら教えて欲しいな」 「……なあ。俺にこんなもの飲ませたって意味ねえぞ。茶のことなんかひとつも分かんねえんだから」 「僕だって分からないよ。ただ、リュカが美味しいと思うものを入れてあげたいから」 「何でもいい。ここのメシも、水も、お茶も、全部うめえよ。俺が何食って生きてたか、お前も知ってるだろ?それに比べれば何でもうめえんだから」 「そう?僕はリュカの作る料理が恋しいけどな」 「贅沢な奴だな」  贅沢なのかなあ。僕は王宮で食べる何かと手の込んだこってりとした食事より、リュカの作るシンプルであっさりした食事の方が好きなだけだけど。 「あ、もう下がっていいよ」  紅茶を注ぎ終えて手持無沙汰に立っていた侍女に気づいて声を掛ける。侍女はぺこりと頭を下げて部屋を出た。相変わらず無口な子だ。 「ミシェルも誘ってやったらどうだ」 「ミシェル?」 「あの子の名前」  リュカが呆れたようにため息した。そう言えばそんな名前だったかも。あの子と出会ってすぐに僕は家出をしたから、忘れてしまっていた。名前くらい覚えてやれよ。そうリュカに咎められてしまう。 「ミシェル、奴隷商に両親を殺されて天涯孤独なんだって」 「うん、聞いてる。里帰りしていいよって言ったら、帰るところなんてないんだ……って」 「お前が潰したあの組織とは別の組織らしい」 「うん」 「うん、じゃなくて、潰さねえの?」 「潰すよ。いずれ」 「いずれ?ニナを拐った組織より、やり口がひでえ。潰すべきだろ、すぐに」 「分かってるよ。けど、この国には物凄く沢山奴隷を扱う組織があるんだ。どこがミシェルを拐った組織かまだ分からないから……」 「お前が本気で探せば、すぐに見つかるんじゃねえのか」 「どうだろう」 「ニナの仇を見つけ出した時みたいに、本気で探せよ」 「本気って言われても……リュカを探し出したいって気持ちにはどうしても及ばないから」 「なんだよ、それ。じゃあ疑わしいとこ全部潰しちまえよ」 「奴隷商は潰すよ。いずれ、全部ね。けど、すぐにとはいかない。まだ今は異国人の奴隷を扱うことは合法だから。裏でデルフィア人を扱ってる組織だって、表向きは善良な商売を装ってるんだから、それをむやみに潰して回ったら、王家の信頼はそれこそ地に落ちてしまう。この間あの組織を潰したことで、多少の抑止力にはなってると思うんだ。まずいって思って、デルフィア人を扱うのをやめる組織だっていくつかは出るんじゃないかな。ともかく、急がば回れ、だよ。まずは法を整備しないとね」 「……難しい事言いやがって。急がば回れ、ね。なるほど、バカな俺にも多少は理解できた。あの子にも、同じ事言ってやれよ。ミシェル、王子様が自分の仇も討ってくれるんじゃないかって、期待しちゃってるんだぜ」 「仇……って。僕はそんな、私怨を晴らすために全ての奴隷商を潰そうとしてるんじゃないから」  リュカの事になれば別だけど。だって、ニナの仇はリュカの仇で、リュカの仇は僕の仇だから。けど、ミシェルの事をそこまで想う事は出来ない。

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