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ペパーミント

「なあ、俺いつまでここでこうしてなきゃなんねえの」  毎日毎日、お茶の時間にリュカのいる貴賓室に通い続けて、もう何日経っただろう。僕が恐れていた質問は唐突に放たれた。 「いつまでって……?」  いつになく真剣な表情のリュカに、僕は分かっているのに分からないふりで応じた。白々しい事この上ない。 「お前が本当に俺の事罪人として裁く気がないんなら、そろそろ解放してほしいんだけど」 「リュカの事裁くつもりなんてないけど……」 「だったら、出してくれねえ?ここでこんな贅沢な暮らししてたら、俺自身自分が罪人だってこと忘れちまうじゃねーか」  びっくりした。ただ自由になりたいんだと訴えられるんだとばかり思っていたから。 「リュカは罪人なんかじゃないよ。死んだのはみんな悪い奴なんだから、正義を果たしただけじゃないか」 「この国の王子様が正義を掲げるのは許されても、俺はそうじゃねえから」 「何も違わないよ。けど、リュカがそういうのにこだわりたいなら、僕が、この国の王子が君を許す。君の行為はこの国を助けた。彼らは死ぬべきだったんだ」 「……だったら、俺をここに閉じ込めておく理由はねえよな?」  ……してやられた。きっとリュカにしてみれば僕を陥れようとした意図はないんだろうけど。 「ねえリュカ。ここでの生活の何が不満?」 「はあ?」 「好みの食べ物があるならリュカの食べたいものを作らせるし、もし今着てる服が窮屈なら、リュカが元々着てたみたいな服を用意させるよ。あとは、何だろう。お風呂……は毎日入れてるよね。あ、文字の練習のためのノートがもっと欲しいかい?ペンも新しいものと変えようか?暇つぶしの本も、もっと沢山用意するよ。他にも何か必要なものがあるなら遠慮なく言って。何だって用意させるから」   見当違いの事を言っているのは僕自身が一番よくわかってる。どうにかして、リュカの目を逸らしたくて必死だった。……リュカをここに閉じ込めている事実からも、目を背けたかった。  リュカは僕がわざと見当違いの事を言っていることには気づいていただろうに、一つも口を挟まずじっと僕の言葉を聞いていた。そして僕が話し終えると、静かにため息をついた。 「不満なんかねえよ。寧ろ贅沢すぎて……こんなの知っちまったら、元に戻れなくなる。困るだろ。こんな暮らしが癖になったら」  「どうして?何も困らないよ。リュカはずっとここにいればいい。元の生活になんて戻る必要はないんだよ」 「お前が王様になって、家族を持った後もか?俺が年老いて醜くなっても、お前は価値のない俺を一生囲って贅沢な暮らしさせてくれんのか?」 「リュカ。君が傍にいてくれる限り僕は君以外の誰とも結婚しないよ。それに、僕は絶対に君を醜いなんて思わない」 「…………まさか王子様がこんなに一途だったとはね……」  リュカはため息混じりにそう呟くと、小さく首を振った。今僕に何を言っても無駄だと、ようやく諦めがついたらしかった。 「僕の一途はね、筋金入りなんだよ」 「へえ?恋愛経験ねえのかと思ってた」 「なかったよ。リュカが僕の初恋だから」  リュカが首を傾げた。 「筋金入りなのは、僕の血筋。僕の母上は僕を産んですぐに死んじゃったんだけど、父上は、伴侶は生涯母上ただ一人って公言してるから、結局子供は僕ひとりなんだ。僕にはそんな父上の気持ちがよく分かるよ」 「それは……一途っつーか、頑固っつーか……」 「頑固だって言うなら、リュカだってそうだよ。僕たち結構似た者同士だったりして」 「……そうかもな」  リュカは小さくそう返事をすると、意図的にだろうか。纏う空気を変えて腕を高く伸ばすと、うーんと伸びをした。 「それにしても身体が鈍る一方だ。逃げ出さねえから、散歩くらい行かせてくれよ」 「うん、考えておくよ」  仰け反った白い首筋が艶めかしくて、昔ベッドの上で見た光景がちらちらと脳裏によぎってしまう。リュカには前向きな返事を返したけど、本心は「ごめん無理」。リュカが僕の気持ちに応えてくれない限りは。  リュカが今日着ているのは白いシャツにベストと丈の長いズボンだ。多分、ここに用意されている服の中で一番簡易なもの。シャツは一番上まできっちりボタンを留めるのが当たり前だと思っていた……というかそれ以外の着方を僕は知らなったけれど、リュカは窮屈だからか大胆にも首元のボタンを三つ外して襟元を大きく開けている。侍女に着せて貰ったら、僕みたいにきちんと着ているだろうから、リュカは今日も自分で着替えをしたのだろう。その、大きく空いた襟ぐりからリュカの白い素肌が覗いていて何とも目に眩しい。  今日だけに限らず、リュカは大抵の服をこんな風に着る。つまり、僕から言わせると過度に肌を露出して……。リュカに僕を誘うつもりは微塵もなさそうだけど、毎日リュカと昼間にお茶を飲むたびに想い人の悩ましい肌を見せつけられるこっちの身にもなって欲しい。  リュカは本来、じっとしている事が性に合わない人だ。散歩に行きたいって言うのは、結構リュカの切実な願いなのだろうと思う。けど、リュカが僕の気持ちに応えてくれていない以上、逃げられてしまうのではないかと怖くてとても部屋の外に出そうと思えない。リュカの行方が分からなかったあの日々をもう一度送るなんて、そんなの地獄だから。  そうでなくても、こんなにもセクシーで魅力的なリュカをこの部屋から出したら、どこかの好色貴族にすぐに拐われてしまいそうだ。リュカの本来の望み通り完全に自由の身にして野に放つなんて、そんなのとんでもない。一体誰に何をされるか……。リュカの事は、僕が守ってあげないと。

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