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ニナの眠る場所 4
「ねえリュカ。ニナを拐った奴隷商はみんな捕らえた。リュカが殺した奴もいれば、僕が兵を使って殺した奴もいる。捕まってる奴らだって、おそらくみな処刑される。ねえ、もうそれでいいじゃないか。僕はリュカに罪があるなんて思っていないけど、もしあるとしたら、もう十分それは償えたはずだ。もういい。もういいんだよ、リュカ。もう君は充分苦しんだ。ニナの弔いだって、これからはここでできるだろう?君はもう、君のために人生を歩んでいいんだ。幸せから逃げる必要なんてないんだ」
僕の説得をじっと聞いていたリュカは、空を見上げるとふう、と息を吐いた。そうして元通り正面を見据えたリュカは、先ほどまでの感情的な姿が嘘みたいにいつもの凛とした雰囲気に戻っていた。
「さっきは恐れてないって言ったけど、それは嘘かもな。俺は恐れてる。お前といると、決意が揺らぎそうになる。俺の罪もお前の立場も全部忘れて、なかったことにして、お前と生きたいって思った事も、実はあるんだぜ。そういう時に限って、これまでひとつも得られなかったあいつらの根城の情報が手に入るんだから、本当に、神様ってやつは意地悪だよな」
リュカの口調も明らかに変わった。せっかく開いて見せてくれた心の内側に、また鍵を掛けられたみたいに感じて、僕は胸騒ぎがしていた。
「そう思ったなら、生きてよ、僕と。僕はいつだってリュカと生きたいって思ってるよ。復讐はもう終わった。僕と、幸せになろうよ、リュカ」
リュカに向かって手を差し出した。僕の手を、取って欲しくて。
「いい王様になれよ、ルーシュ」
けどリュカは僕の手に自分の手を重ねることはせず、すっと立ち上がった。
あ────。
ドクンと心臓が鼓動した。次の瞬間、リュカの姿が目の前から消えた。それは嘘みたいに、まるで魔法にかかったみたいにあっという間の出来事に思えた。
「あっちだ!追いかけてっ!!!!」
向こうの茂みが微かに動いたのを見つけて、兵士に指示を出したと同時に僕もリュカの後を追った……つもりだったのに、茂みの先にも、その反対側にも、どこにもリュカの姿は見当たらない。
「何が何でも探し出せ!!!!」
僕はヒステリーを起こしたみたいに喚いて、森の中を駆けずり回った。リュカの名前を、狂ったように叫びながら。
───首輪をつけておくんだった。足枷に繋いでおくんだった。今更後悔してもどうしようもない。
陽が落ちるまで十人以上で必死に死ぬ物狂いで探したけれど、結局その日リュカを見つけることはできなかった。数多の遭難者の様に森の中で行き倒れている可能性もなくはない。僕はそう主張して何日もの間近くの村に留まり、もう探していない場所なんてない、とハンターから遠慮がちに進言されるまで森を探し歩いた。本当は、その頃にはもう気付いていた。リュカはもうここにはいない。とっくにこの森を抜け出して、どこか遠くへ行ってしまったんだって。
王宮へ戻ると、僕は人物画が得意な画家を何人か雇ってリュカの顔を描かせた。どの絵もリュカの美しさを表現できているとは言えない出来だったけれど、中でも一番出来のいいものを手配書にして国中の主要都市に送った。その髪色。その飛び抜けて美しい容姿。きっとすぐに見つかる筈だ。そう思っていたのに───。
王子である僕とリュカが再び会うことは、ついになかった。
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