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桜の雨の降る下で 1
王宮の張り出したバルコニー。民へのお披露目の場として作られたそこで、多くの民衆が見守る中、デルフィア大主教の手により僕の頭には恭しく王冠が戴かれた。その瞬間、大きな歓声と拍手が鳴り響く。
下げていた頭を上げ、閉じていた目を開くと、城下の沿道や家々の窓から民がこちらに手を振っているのが見えた。僕は手を伸ばし、それに応える。
今日は僕の戴冠式だった。元々身体の丈夫でなかった父は、数年前から床に臥せることが増えた。視察や外交などの公務にも差し支える程で、僕が王の名代として赴く事の方が多くなってきたころ、父王より退位の意向を伝えられた。王位は継承権第一位の僕に譲られることとなり、王の号令で準備は急ピッチで進められた。そして今日、二十歳の誕生日を迎えた僕は、デルフィアの王となった。
セレモニーが終わると、心配するロレントをよそに僕は数名の護衛と共に城下町へと下りた。僕は民衆を見下ろす王ではなく、彼らと対等に対話をし、その暮らしと望みを理解する王となりたかったから。
「王様!頑張ってくださいね!」
「ありがとう、頑張るよ」
「応援してますよ、陛下!」
「ありがとう」
民衆に直接言葉を伝えながら、浮ついた街の中を歩く。元々王子の頃から城下町によく遊びに来ていた僕は、既にたくさんの民と顔見知りだった。賢い彼らは、僕がそうして欲しいと思っていることを察しているのだろう。慇懃すぎる態度は取らず、けど王族への礼節を最低限守って適度な距離感で接してくれる。僕が課題としているのは、むしろ貴族との関係の方だ。
身分による過度な特権の廃止を訴える僕は、これまで特権によって甘い汁を啜ってきた貴族たちには嫌われている。僕の意見に賛同してくれる貴族も中にはいるから、説明を尽くして理解してもらうしかない。
それに、嫌われることは悪いことではない。僕はそう思っている。僕があの時家出をせずに、王宮での暮らししか知らないまま王になっていたとしたら、僕はこれまでの路線を継承し、誰からも目に見えて嫌われず、けど誰からも感謝されない王様になっていたことだろう。みんなに好かれる王様がいい王様とは限らない。誰かに嫌われることこそが、改革が進んでいる証だ。
『いい王様になれよ』
別れ際にリュカに言われたこの言葉が、僕の道しるべだった。リュカの行方が知れず悲しい時も、辛い時も、苦しい時も、いつもこの言葉に従って前を向いてひたむきに頑張ってきた。いつか、リュカに「よくやった」って褒めてもらえる日を夢見て。その日が来ることだけをただひたすらに信じて……。
「あっ!でんか!」
昨日までの敬称で僕を呼んだのは、小さな女の子だった。振り返った笑顔が固まったのは、その子が手にしていたものに目を奪われたから。
「いいでしょ、これ?あのね、綺麗なお兄ちゃんが作り方教えてくれたんだよ」
女の子は僕の視線に気づいたのか、えへへ、と恥ずかしそうに言った。
「綺麗な、お兄ちゃん……?」
ドクン。心臓が高鳴る。まさか。そんなはずはない。期待し過ぎるな。そう予防線を張りつつも、もしかして……という気持ちが抑えられない。
「こっちはあたしが作って、こっちはお兄ちゃんが作ったの。はい、あげる。これ、でんかに渡して欲しいって言われたから」
「か、彼はどこにいるの!?」
血相を変えて肩に掴みかかった僕は、必死過ぎて傍目に見ると怖かったに違いない。けど、僕は「優しい王子」として彼女の中に確固たる地位を築いていたらしかった。女の子は怖がることもなく平然と教えてくれた。
「あっちの、桃色の木が立ってる近くだよ」
桃色の木…………桜並木か!
僕は花冠のお礼もそこそこに駆け出した。どうか、どうか間に合ってくれ……!!!!
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