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桜の雨の降る下で 2

 桜と呼ばれるその木が花をつけたのは、実に二十年ぶりだという。まるで僕の誕生と即位をお祝いしているみたいだ、なんていわれてるその花は、少し前に見ごろを終え今はもう花びらが散り始めていた。  そんな薄桃色がひらひらと舞い落ちる幻想的な景色の中に、彼の背中を見つけた。ずっと、ずっと、四年もの間、彼の事を片時も忘れたことなんてない。会いたくて会いたくて、ずっと苦しかった。    「リュカ……」  僕は大声で叫びだしたいのを我慢して、小さな声で呼びかけた。そして、驚かせたらすぐに逃げてしまう小鳥に近づくように、そっとそっと慎重に彼の元まで歩みを進める。 「元気そうだな」  四年ぶりの再会だというのに、振り返ったリュカの第一声はそれだった。なんて呑気で間抜けな言葉だろう。僕は、リュカが逃げ出さない事が分かるや否や駆け出した。駆けて、桜の雨が降る下でリュカの身体を抱き締めた。 「リュカも、元気そうだ……」  今日は僕の誕生日で、リュカの誕生日でもあって、何より四年ぶりの再会だ。もっと他に言いたいことはたくさんあった筈なのに、胸が詰まって、喉がつっかえて、それしか言えなかった。リュカと違って泣き虫の僕は、リュカの胸に顔を埋めて涙をこぼしていたから。 「だから、お前の顔を見たくなかったんだ……」  リュカが肩を竦めて呟いた。酷いよ。顔を見たくないなんて。僕はリュカの顔を見たくて見たくて堪らなかったって言うのに。  涙を拭いて、会いたくて堪らなかったリュカの顔を上目でそっと盗み見る。四年前よりも伸びた薄桃色の髪は、長すぎて持ち上げられなくなったからだろうか、今は前髪を左右に分けてすとんと下ろしている。うっとりする程美しいのは相変わらずだけど、以前よりもやんちゃさが減って、大人っぽくなった。  画家に描かせた人物画はもちろん、僕の想像の中にいたどのリュカよりも本物は圧倒的に綺麗で、ドキドキが止まらない。  すきだ……。やっぱり僕にはリュカしかいない。そう、毎秒思ってしまう。  雨の様に降り注ぐ桜の花びらが背景になって、僕の視界は薄桃色一色だ。見たいと思っていた色が、夢にまで見た光景が、今目の前にこうして存在していることが未だに奇跡みたいだと思う。 「キレイだ……」  舞い踊る花びらがリュカの髪にふわりと落ちて、ありきたりな言葉だけど思わず口をついて出た。だって本当に本当に綺麗だから。  思った。リュカの持つ色彩は、桜色なんだと。ピンクと聞いて浮かぶ程きつい色ではなく、柔らかく、優しく、品があって繊細。そして儚い。  「花は散るからこそ美しい」とは誰の言葉だったろう。確かに咲き誇る刹那と散り時の花吹雪はえもいわれぬ美しさだけれど、リュカにはずっと僕の傍で咲いていて欲しい。もう二度と、風に消えたりしないで欲しい。  僕は、身軽で拠る辺のないリュカの身体をぎゅっと抱き締め直した。重石と思われようが構わない。どんな手を使っても、絶対にリュカを離したくない。

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