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彼の心 1
逃げねえから、と苦笑するリュカの手を、僕は決して離さなかった。大事そうに男の手を引いて王宮へと戻る僕は、民からどう見えただろう。一部の人間からは、もしかしたらおかしな納得のされ方をしているのかもしれない。けど、あの森の中で思い知らされた後悔を思えば、人の目なんて気にしていられなかった。誰にどう思わようと、どんな下衆な噂を立てられようと、そんなことは最早どうだっていい。
「またここかよ」
「僕の部屋の方がいいなら、喜んでそっちに案内するよ。王の私室に」
「いや、遠慮しとく」
王が私室に連れ込む人間は、それ即ち王にそれだけ近しい人間という事だ。伴侶か、それに準ずるもの。もしくは血の繋がりのある家族くらいのものだ。
「変わってねえな、ここ」
リュカは、四年前閉じ込められた貴賓室を懐かしむように部屋の中に足を踏み入れた。僕は後ろ手で扉をきちりと閉める。
「いつリュカが帰ってきてもいいように、あの頃と同じにしてあるから」
「おいおい、怖えな。今ちょっとぞっとしたぞ」
「その予感は正しいかもね。僕はもうリュカをここから出すつもりはないから」
「相変わらずだなあ、お前」
僕は正しくリュカを脅したつもりなんだけど、リュカは少しも怖がっていないみたいだ。もしかしたらリュカは、僕なんかからはいつでも逃げ出せると踏んでいるのかもしれない。
「首輪で繋ぐよ。手枷も、足枷だって着ける。それならいくらリュカでも逃げ出せないでしょ?」
「そうだな。けど、お前が俺にそんな事できんの?」
「でき……るよ。リュカを失わない為なら何だってするって決めたんだから」
「ふーん。けど、そうやって繋ぎ留めておけるのは俺の身体だけだぜ。ま、身体が目的なら勝手にすればいいけど」
「そんな訳ないじゃないか……!僕が欲しいのは、いつだって……」
だって、だったらどうすればいいって言うの。またリュカを失うのは、この身を削られるみたいに痛いんだ。苦しいんだ。僕にはリュカが必要なのに、どうしてリュカは僕から離れるの。どうして傍にいてくれないの。
「悪い、意地の悪いこと言っちまった」
僕が泣き出しそうなのを察してか、リュカが困ったように首の後ろを掻いた。相変わらずなのはリュカの方だ。相変わらず僕にこんなにも優しい。
「リュカ、僕に会いに来てくれたんだよね……?」
「祝うつもりはあったぜ。会うのは予定外だったけど」
「どうして?ねえどうして僕の顔見たくなかった、なんて言ったの?」
再会した直後に言われたその言葉を、僕は気にしていた。リュカがこれまでどこにいたか知らないけれど、少なくとも城下町にはいなかった。今日ここに来たのは、僕のためであることは明白だ。この花冠だって、僕のために作ってくれたんだから。それなのに、どうして僕に直接会って渡そうとしてくれなかったんだろう。
「前に言ったろ。決意が鈍るんだ、お前といると」
「決意って、一生をニナへの償いの為に捧げるっていう、頭かっちかちの考え?」
「お前……口悪くなってねえか?」
「僕だって四年も経てば変わるよ。リュカは、変わってないの?今でもそんな事考えてるの?」
「一生、じゃない」
「え……」
そうだ、と即答される事を想定してたから、予想外のリュカの返事に驚いた。
「一応、自分なりにゴールを決めてる」
「ゴール……?」
「お前はバカげてるって言うかもしれねえけど……俺は俺なりに人を助けて生きていきたいと思ってる。それが、俺にできる贖罪なんだ。俺にはお前みたいに、根底から全部ひっくり返す様な力はねえけど、目の前で助けを待ってる人間を救うことぐらいはできる。……ニナのためだけじゃない。俺が復讐のために命を奪った人間の分も、俺は贖わなきゃならないから」
「……リュカってすごく、石頭」
「何とでも言え。俺にはこういう考え方しかできねえよ」
「それで、ゴールっていうのは、助けるノルマを決めてるってこと?」
「数じゃねえけど、俺が納得できたところがゴールかなって思ってる」
「リュカが納得できるまでっていつ?僕もリュカもおじいちゃんになる頃、なんて言わないでね」
「ないとは言えねえな」
そんなの嫌だ。お互いよぼよぼになってから再会したって、僕の下半身は本当に役立たずになっちゃってるかもしれないじゃないか。それに、それまでの何十年もの時間をリュカなしで生きるなんて絶対に無理だよ。
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